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慶應義塾

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イベント報告

創立150年記念認定イベント

慶應義塾大学 藝文学会シンポジウム
 「西脇順三郎とモダニズムの神話」

2007年12月14日(金) 14時45分〜

慶應義塾大学 三田キャンパス 西校舎531教室


入場・申込 入場無料・申込不要 ※どなたでもご参加いただけます。
主催 慶應義塾大学 藝文学会
※シンポジウム終了後に懇親会を行います。(無料・予約不要)
 一般の方も是非ご参加ください。
シンポジウムの興奮をもう一度・・・!
盛況をいただきました当シンポジウムの載録原稿が『藝文研究 No.94』に掲載されました。当日の様子を64ページにわたって詳細に記録しておりますのでご参加いただいた方もご参加いただけなかった方も、この機会にぜひご一読ください。
『藝文研究 No.94 西脇順三郎没後25周年記念号』(¥3,000)のご購入については geibun@flet.keio.ac.jp までご連絡をお願いします。

 

藝文学会から、始まる

巽 孝之(慶應義塾大学教授)

西脇順三郎没後25年を記念する今年2007年に、ほかならぬ西脇自身が半世紀以上も前に創設した藝文学会において、荻野アンナ、四方田犬彦、飯野友幸といった、いずれ劣らぬ西脇愛読者を迎えシンポジウムを実現できることは、大きな喜びである。
1951年2月、57歳の西脇は慶應義塾大学文学部長に就任し、それとともに藝文学会委員長となり、年末の12月には学会誌『藝文研究』創刊号(美術学特集)を刊行した。下記に引く、そのときの「創刊の辞」は、これまでの全集版にも未収録のテクストである。

 慶應義塾大學文學部關係の人達の文學、言語及び藝術方面の諸研究を(ママ)紀要として、こゝに『藝文研究』を創刊することになりました。この紀要は慶應義塾大學文學部藝文學會の學術機關誌で、年二回刊行の豫定であります。年々新しい研究を發表して日本の學界のみならず、廣く世界の學界にも貢献し得るように益々發展し將来永く榮え行くことを、創刊にあたり節に祈念するのであります。
 創刊號は主として、藝術研究の特集といたしました。
藝文學會代表者 西脇順三郎

そして、A5判全123ページの最後には、奥付とともに下記の「編輯後記」を読むことができる。

 創刊號を美術學特集としたことは偶々この方面の原稿が集まつていたためである。前に戰時中「三田文學」の特集としてこの種のものが二囘に亙り出版されて、幸に識者の清鑑を仰ぐことができたが、今度のものもその繼續である。ただ本誌の性質上極めて地味で、ジャーナリズムにとらわれず、會員達の日頃の研鑽を發表したにすぎない。「美術學」という名稱はやや異様に感ぜられようが、美術といえば作家、美術史といえばその史家の仕事であり、そのほかに美術について何かもつと特定の學問的領域があり得ると考えられるからである。わが國では遅蒔ながら美術史方法論が盛んに鬪わされているようだが、美術作品は一歴史的事實たることに限定されないであろう。本學會は文學、言語の方面においてもつと澤山の學的業績が積まれており、次號以後には續いてその發表が計畫されているから、大方諸賢のご期待を俟つ次第である

以後11年、1962年に68歳での定年を迎えるまで、西脇は慶應義塾大学文学部文学専攻の中核と言うべきこの藝文学会を、大切に育てた。しかし、まったく同時に、まさにこの藝文学会委員長在任期間の西脇は、1952年にT・S・エリオットの「荒地」(原著1922年)を訳し、その業績により53年に慶應義塾賞を受け、1957年には『第三の神話』により読売文学賞を得るとともに、エズラ・パウンドによってノーベル文学賞候補に推されるなど、きわめて充実した文学活動を送っている。さらに自身が編集長を務めた『藝文研究』創刊号から第13号までを熟読すると、厨川文夫や佐藤勝熊らの博士号請求論文審査報告を、じつにこまめに執筆していたことがわかる。
西脇順三郎が藝文学会を創始して日本における欧米文学研究の批評的尺度を示し、それが成長していくための学術的制度を整備するのに己を無にして努力をしたことと、まったく同時に、自身の文学活動が奇跡的な充実を見せたこととは、決して偶然とは思われない。

パネルディスカッション 「西脇順三郎とモダニズムの神話」

司会
巽 孝之
慶應義塾大学教授
巽孝之慶應義塾大学教授
巽 孝之(たつみ・たかゆき)
1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部教授、アメリカ文学者。コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D,1987)。批評家として読売新聞読書委員、朝日新聞書評委員を歴任。著書に『ニュー・アメリカニズム』(青土社、1995年度福澤賞受賞)、『アメリカン・ソドム』(研究社、2001年)、『リン カーンの世紀』(青土社、2002年)、『「白鯨」アメリカン・スタディーズ』(みすず書房、2005年)、Full Metal Apache :Transactions between Cyberpunk Japan and Avant-Pop America (Duke UP, 2006)ほか。
パネリスト
荻野 アンナ
慶應義塾大学教授
荻野アンナ慶應義塾大学教授
原点回帰

今回、西脇順三郎と共に、私は自分の原点に還ろうとしている。
奇妙な読書歴と我ながら思う。15歳でラブレーの部分訳と出会い、高校時代は萩原朔太郎を口ずさんだ。受験の直前が西脇順三郎で、「海へ海へ、タナグラの土地」まで現実逃避のトリップをした。
大学生となり、ラテン語の例文で「明日は恋なきものに恋あれ/明日は恋あるものにも恋あれ」を見つけて仰天した。近代ロマン主義以降の個性信仰などモノともしない、西脇の本歌取りの精神が私に植えつけられた。その後のラブレー研究で、浅薄なオリジナリティを超越した文学の源泉に、心おきなく浸かることが出来たのも、西脇から出発したおかげだろう。文学の源泉と書いたが、そのはるか向こうを西脇は凝視していたはずである。換言すれば、詩学と弁論術。私もまた、西脇の遠めがねを手に、少し先を眺めてみたい。わが読書歴の偶然を、必然に化かすためにも。
荻野安奈(おぎの・あんな)
横浜生まれ。作家、慶應義塾大学文学部教授。フランス政府給費留学生として、パリ第4大学(ソルボンヌ)に留学し、ラブレーを研究。その後小説を書き始め、「背負い水」で第105回芥川賞受賞、「ホラ吹きアンリの冒険」で第53回読売文学賞を受賞。趣味の落語では、第11代 金原亭馬生師匠に入門、金原亭駒ん奈(二つ目)を名乗る。大学で教鞭をとる傍ら、執筆活動、テレビ、ラジオ、講演、高座など幅広く活動している。2007年4月 フランス教育功労賞シュヴァリエ叙勲。

四方田 犬彦
明治学院大学教授
四方田犬彦明治学院大学教授
『旅人かへらず』を讃えて

西脇順三郎が戦時中の長い沈黙を破って1947年に発表した『旅人かへらず』は、当時より毀誉褒貶の喧しい詩集であった。少なからぬ詩人が西脇の「日本回帰」を批判し、Ambarvaliaの清澄なコスモポリタニスムの消失を憂いた。だがこの長編連作詩にこそ西脇の第2の原点が胚胎されていたことを、冒頭を読み解くことから解明する。
巻頭の5行は英詩人シャーバンの詩のパクリである。冒頭に他者の作品を借り受けるというのは、けっして独創性の不在を意味していない。それはペルシャのハーフェズからパウンドまで確固とした文学的伝統であり、西脇の文学をめぐるヴィジョンの深さを示している。しかもこの冒頭の地点で、永田耕衣が指摘したように、後に彼の主題となる「しゃがむ」と「まがる」という身振りがすでに登場している。それは人間を古代の原型の反映とみなす、西脇に固有のアルカイックな世界観の開闢であった。こうした指摘に加えて、田村隆一から吉増剛造までの戦後詩人たちが、この主題をどのように継承し発展させてきたかが、言及される。

四方田犬彦 (よもた・いぬひこ)
1953年生まれ。明治学院大学教授。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学を学び、現在は明治学院大学で映画史を講じている。文学、映画、音楽、料理、アジア論といった領域で批評活動を続けている。詩集に『人生の乞食』、主な著作に『先生とわたし』『見ることの塩』『映画女優 若尾文子』があり、近刊に西脇の比較言語研究を論じた『翻訳と雑神』がある。またパゾリーニ、マフムード・ダルウィーシュなどの詩の翻訳がある。

飯野 友幸
上智大学教授
飯野友幸上智大学教授
西脇順三郎と「もの」マニアック

イギリス留学を終えて帰国した西脇順三郎は、慶應義塾大学教授に就任すると、翌々年(1928)には雑誌『詩と詩論』を創刊、さらにその翌年には詩論『超現実主義詩論』を出版するなど、シュルレアリスムを中心とした新しい西洋文学の紹介に意欲的に乗り出した。また、そういった実験的文学を日本語でも実践する。散文詩「馥郁タル火夫」などは、最初期のシュルレアリスム作品の代表といえるだろう。だが、『超現実主義詩論』の翌年に出版された姉妹編のような『シュルレアリスム文学論』(1930)では、最初からイマジズムに言及していることがとても気にかかる。
Ambarvalia(1933)ののち、10年以上の詩作中断期を経て、終戦の翌年に一気に書き下ろした『旅人かへらず』(1947)において、「もの」の関係性でなく、「もの」そのものを生き生きと描出していることと、それは無関係ではあるまい。アメリカ詩の伝統に流れる即物性と通低するものがそこにあるとしたら、西脇の所謂「諧謔」には、現実(・・)の「もの」を愛でるということも、実は含まれるのではなかろうか。

飯野友幸(いいの・ともゆき)
1955年東京生まれ。上智大学文学部英文学科教授。アメリカ現代詩・アメリカ音楽専攻。著書に『ジョン・アッシュベリー――「可能性への賛歌」の詩』(研究社、2005年)、『ブルースに囚われて――アメリカのルーツ音楽を探る』(信山社、2002年、共編著)、訳書にリロイ・ジョーンズ『ブルース・ピープル』(音楽之友社、2004年)、ポール・オースター『壁の文字――ポール・オースター全詩集』(TOブックス、2005年)、ウォルト・ホイットマン『おれにはアメリカの歌声が聴こえる――草の葉(抄)』(光文社古典新訳文庫、2007年)などがある。

コメンテータ
ホセア ヒラタ
タフツ大学教授。ドイツ・ロシア・アジア系語学文学科長。西脇順三郎から川端康成、大江健三郎、村上春樹に至る現代作家研究から映画研究まで幅広く活躍。主著にThe Poetry and Poetics of Nishiwaki Junzaburo: Modernism in Translation (Princeton: Princeton University Press, 1993)、 Discourses of Seduction: History, Evil, Desire, and Modern Japanese Literature (Cambridge: Harvard University Asia Center, 2005)ほか。