慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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俗人でありたかった人

_mod 福澤はとにかく「空威張り」というのが嫌いな人。

たとえば、「バカメートル」という話があります。幕府が倒れると福澤は早々に武士の誇った刀をやめて丸腰で生活をはじめます。しかし周りは一向に廃刀しない。いまだに長ければ長いほど立派だと刀を誇らしげに差している武士たちを、福澤は嘲笑し、刀のことを門下生と共に「バカメートル」と名付け、長ければ長いほどバカだから、バカを測るには刀の長さを調べればいいなどというのです。

明治の世になって、みんなが寄ってたかって役人になりたがるのも、権威というものを笠に着て威張りたい、という官尊民卑の気風を見て取ります。だから自分はそういう風潮には乗っからないということを、わざと見せるため、生涯役人にならないと公言し、叙位叙勲も一切辞退しました。

空威張りは言葉遣いにも影響します。肩書きなどを呼ばせて偉ぶるのをいやがり、誰もを「○○さん」と呼びました。その影響が今でも慶應義塾には生きていて、教員に対しても「さん」と呼ぶことをよしとし、講義の休講掲示に「○○君休講」などと書かれるのも、その名残です。私自身、慶應には高校から入学しましたが、先生を「○○さん」と呼ぶ先輩達に、最初はものすごく違和感を持ったことをよく憶えています。(いまでは良い習慣だと思い、少し薄れてきていることをさびしく思います。)

今回の展示の中で、このことと特に関係が深いのは「三十一谷人」と彫られた福澤のハンコ。掛け軸の書を書くときなどに、必ずと言っていいほどおされた印です。三十は「卅」とも書かれ、これに「一」を足すと「丗」。「世」と同じ意味の字です。これに「谷」プラス「人」で「俗」。自分は「世俗」に生きるということを公言し、それを実践したのが、福澤という人の異端なところです。

いかに自分が常人と異なるかを主張する人は世の中に数知れませんが、いかに自分が俗人であるかを強調したがる人は、そうはいないでしょう。福澤にとって、「俗」すなわち「民」の立場で、何のしがらみもないことが、活動の全ての出発点だったのです。ですから、常にそれを公言し、自分でも確認していた、ということが出来るかも知れません。

2008/11/05 13:15:33
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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