慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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居合刀の鑑定

Photo  展覧会で展示予定の福澤の刀を鑑定していただきました。

この刀は、福澤が日課として欠かさなかった居合いのためのもの。福澤は、晩年に至るまで、健康管理のために、居合いを続け、達人並みの腕であったといわれています。福澤が少年時代に故郷中津で習ったのは、「立身新流」(たつみしんりゅう)という、マイナーな流派で、明治23年に郷里の知人へ送った手紙で、福澤は居合いについて次のようにぼやいています。

「近来は少々上達のように覚えそうらえども、何分にも立身新流の先生これ無くして、悪しきところを直してもらう方便を得ず、残念に存じ候。」

明治23年といえば、福澤は50代半ば。最近ちょっと上達したような気がする、というのですから、相当力が入っていたことがわかります。その腕前は、刀の柄に箸を立てて、それが落ちる前に鞘を払って2つに斬る、といったことがお手のものだったそうです。歌舞伎の名優として名高い五代目尾上菊五郎は、よく福澤の家に来て芸談をしたりしていたそうですが、時に福澤から刀を抜く呼吸についてきいていた、という話もあります。旅行に行くときも、居合刀は持参し、休憩時間などにも抜いていたとか、宿の部屋でも抜いて、知らずに入ってきた女中が腰を抜かしたとか、話は尽きません。しかし、これは年令不相応のきつい運動過ぎたともいい、これが、若いときに大酒飲みだった福澤の寿命を縮めたのではないかという話もあります。

ところで、この刀がいかなるものであるかは、今までちゃんと見ていただいたことがなかったようなのですが、今日、刀剣をご専門とされる佐野美術館館長渡邉妙子先生に、ご覧頂く機会を得ました。今まで明らかでなかった年代も、江戸初期のものであると判明、機能性に優れた名刀、というコメントを頂きました。渡邉先生誠に有り難うございました。

2008/11/28 22:18:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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