慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

2008年12月
仕事納め
福澤研究センターは、28日で仕事納めとなりました。今年は最後まで日曜返上です。ただ、日曜日に出勤すると一つだけ楽しみがあります。 ・・・

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2008/12/30 20:13:11
音声ガイドの収録
本日は赤坂のスタジオで、音声ガイドの収録が行われ、立ち会いました。ナレーションは石坂浩二さんです。 会場では、石坂さんの深みのある声で、展示品をお楽しみ頂けることと思います。石坂さんは慶應出身ということもあって、福澤のこともよく御存知で、言葉遣いなどにもご配慮下さり、聞きやすい良いものに仕上げていた ・・・

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2008/12/27 23:00:00
展示を支える人々
今日で世間は仕事納め。東博での設営も仕事納めとなりました。今日までで、会場がだいぶ形になりました。後は年明けに一気に開場まで突き進みます。 ここまで設営に参加してきてみると、一つの展覧会を作るのにも、多くの方がそれぞれの仕事をされていることがよくわかります。ディスプレイの方法を検討し、設計する人、資 ・・・

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2008/12/26 22:38:00
姿を現す手古奈
搬入初日の風景の続きです。搬出作業について、いろいろご紹介した手古奈。展示品中最重量のこの大理石彫刻も、福澤の座像と共に、玄関ホールに飾られます。 三田を出発した時の段ボール梱包のまま、表慶館のホールまで移動した後、クレーンで特設台座の上に設置されました。この日、一番時間がかかっていたのは、この手古 ・・・

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2008/12/25 23:28:00
カゴの中のセンセイ
彫刻家・大熊氏広が制作した福澤諭吉の座像。これも展示されます。普段は慶應義塾志木高等学校に安置されています。この座像は、福澤生前に福澤を直接モデルに制作されたものですが、福澤自身は、これが人目に触れることを嫌いました。 ・・・

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2008/12/24 22:25:00
宙を舞う若い人
イサム・ノグチ作の彫刻「若い人」。これも修復を経て、搬入初日に上野に運ばれました。 トラックで到着した「若い人」は、クレーンで2階までつり上げられ、ベランダより会場入りしました。最初はどんなもんだろうかと思っていましたが、ナカナカ面白い独特の風景が生み出されています。 ・・・

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2008/12/23 23:56:00
資料運び出し
今日、いよいよ資料が上野へと運び出され、展示作業が始まりました。 本年最後の授業日の今日、美術品専用の厳つい輸送車が数台、三田キャンパスを出入りしているのを見た人もいるかもしれません。午前中、キャンパス某所に集められていた展示資料が、すべて運び出されました。その中で、最重量は「手古奈像」です。 ・・・

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2008/12/22 23:00:00
キャプション大詰め
図録の校正が終わり、次は会場のキャプション制作が大詰め。 資料1点1点につける名前や年代を記したキャプション(東博ではこれを伝統的に「題箋」(だいせん)と呼ぶ)と、1点1点の短い解説文を、相談しながら制作しています。また、会場に置くパネルの作成も大詰め。チェック作業が深夜に及んでいます。 ・・・

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2008/12/21 20:23:00
福澤演説像、三田を発つ。
資料の大がかりな移動が始まりました。 今日は、慶應義塾三田キャンパスの三田演説館内壇上に常時掲げられている福澤諭吉の演説姿の油絵が、下ろされました。 ・・・

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2008/12/20 20:00:00
「グッドニュースは特筆大書せよ」
家に帰ると、まず玄関の新聞を引き抜き、着替えて、寝る、という生活を繰り返し、目を通していない新聞が部屋にうずたかく積もってしまいました。先日、いつものように引き抜いた新聞を少し開いてみると、社会面に、珍しく「良いニュース」が目につきました。 線路に落ちた目の不自由な男性を、高校生たちが助けた、という ・・・

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2008/12/18 21:06:00
ファザコンとしての福澤諭吉
福澤諭吉の背後に、父親の影を指摘したのは、小泉信三でした。岩波新書の『福沢諭吉』の中で「父の影像」という章を設けて、そのことを指摘しています。 福澤の父百助(ひゃくすけ)は、諭吉がかぞえで3歳の時に脳溢血で急死しています。かぞえで3歳というと、記憶がわずかでもありそうですが、満で言うと18か月。福澤 ・・・

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2008/12/16 22:22:00
政治は政治、学問は学問
福澤は、政治との距離に細心の注意を払いました。また、政治家や官僚が、権力を背景に空威張りすることを徹底して嫌いました。「骨の髄まで」という表現がありますが、福澤はまさに、骨の髄まで威張ることへの嫌悪が染みついていた、ということができるでしょう。 その徹底した態度を示す展示品があります。『言海』という ・・・

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2008/12/15 20:34:00
先人を想う機会
今日は慶應義塾関係役員・教職員物故者慰霊祭でした。創立150年といって一年お祭りをしてきたので、それを締めくくる行事として、すでに亡くなられた関係者に感謝を捧げるものです。直接は、創立125年以降の物故者を対象としていたようですが、同時に今までのすべての関係者に対して思いを致す機会でありました。 歴 ・・・

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2008/12/13 12:13:00
福澤諭吉を英語化する。
ここのところ、図録で一番苦しんだのは、英語表記です。資料名にはすべて英語をつけるというのがルールだそうで、『西洋事情』は?『学問のすすめ』は?『文明論之概略』は?英語で何でしょう。というようなことに、ここ数日頭を抱え続けました。しっかりと英訳をつけるには余りに時間がありません。 ついこの前より、慶應 ・・・

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2008/12/12 23:23:00
三田の不夜城
図録の校正作業が山場を迎えています。山場などと言っているべき時期ではないのですが、今日に至ってしまいました。赤を戻すために夜を徹して作業をしています。 夜を徹するような日は、これまでも連日で、作業が忙しくなるにつれて、次第に大学の正門が開いている時間に帰れなくなりました。 ・・・

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2008/12/11 13:22:00
関連情報:記者発表会(2008/9/10)のビデオ
慶應義塾創立150年記念事業室からご紹介します。 慶應義塾創立150年記念「未来をひらく福澤諭吉展」の記者発表会が、2008年9月10日に、三田キャンパス三田演説館で行われました。1分20秒から、都倉が登場します。 http://www.volumeone.jp/?entry_id=959langu ・・・

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2008/12/10 22:07:10
福澤がアメリカから持ち帰った謎の写真
福澤が初めてアメリカに行ったとき、写真屋の少女と撮った有名な写真について先日書きました。同じ渡米中、この他に福澤が一人で撮った写真が2枚(同アングルで見分けが付かないほど似た写真)と集合写真が1枚知られています。 実はそれ以外に、もう1枚福澤が持ち帰ったアメリカ人の少年の写った写真があります。この少 ・・・

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2008/12/09 2:13:00
少女との写真、ケースに戻る。
福澤がサンフランシスコの写真屋の少女と撮った有名な写真は、皆さんご覧になったことがあると思います。 今回の展覧会に展示するため、この写真を修復しました。革張りの立派なケースから外し、撮影されて以来外されたことがなかったと思われる金属製の枠を取り外しました。表面のガラスをクリーニングしたり、裏面に塗っ ・・・

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2008/12/06 22:22:00
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