慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

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福澤諭吉を英語化する。

Bunmeiron ここのところ、図録で一番苦しんだのは、英語表記です。資料名にはすべて英語をつけるというのがルールだそうで、『西洋事情』は?『学問のすすめ』は?『文明論之概略』は?英語で何でしょう。というようなことに、ここ数日頭を抱え続けました。しっかりと英訳をつけるには余りに時間がありません。

ついこの前より、慶應義塾大学出版会で『福澤諭吉英文著作集』の刊行が開始されました。(http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766415605/)第1巻はAn Outline of a Theory of Civilization。文明論之概略です。An Encouragement of Learning。学問のすすめ。The Autobiography of Fukuzawa Yukichi。これはいうまでもなく福翁自伝。

これらはだいたい訳が固まっていますが、たとえば福澤が女性の生き方について論じた『女大学評論・新女大学』という本は、定訳が固まっていません。「女大学」というのは、貝原益軒が書いたといわれていた「女性かくあるべし」という本で、家に引っ込んで、よく夫に仕え…という、古き女性観のバイブルのようなものでした。福澤はこれを冒頭から逐語的に批判して本にしました。その徹底ぶりは、今でも痛快です。しかも、これが生前最後の本です。今回出るのはこの本の扉に福澤が「男も読め」という意味のことを書き込んでいるもので、明治34年と自筆で書いてあります。亡くなるのが34年2月3日ですから、本当に最後の最後に女性の地位向上に執念を燃やしていたことがわかる資料です。

話がそれましたが、それが「女大学評論」。それと、「女大学」に替わる新しい本という意味で「新女大学」というのがセットになったのが、この本というわけです。この本のタイトルをどう訳すかという問題には、過去にも何人かの方がぶつかり、人によってはその語感がよくわからず、universityと書いているものが、あるとかないとか。

今まで、福澤の著作の英訳は色々出ていますが、多くは清岡暎一という、福澤の孫に当たる文学部の先生だった方のものです。最初に出たのは自伝の英訳で、昭和の初期ですから、いまでは少し古い英語というところもあるようですし、今回の著作集ではすべて点検されているとうかがっております。清岡先生も「女大学」の表記はEssential Learning for WomenだったりGreater Learning for Womenだったり揺れています。 最近はGreaterではなくGreatにする流れだとか。

『西洋事情』は、今回はThings Westernという訳を使いましたが、これも色々な訳があります。著作はまだしも、たとえば、「詠田舎議員」という漢詩の書幅はどうでしょう。警視庁のスパイが福澤を探偵した報告書は?「交詢社私擬憲法案」は?適塾の姓名録は…?そもそも、福澤諭吉という名前さえ、Fukuzawa Yukichiか、Yukichi Fukuzawaか。あるいはFUKUZAWAと大文字か。

名前は、展覧会のホームページやチラシにもあるように、「FUKUZAWA Yukichi」に統一することになりました。それでは、他の人名もこのように表記するかどうか…。外国人は…??

というわけで英語にするというのは、大変なことだなあ、ということはよくわかりましたが、余り経験したくない悩みです。今回は、必ずしも洗練されているとは言い難い部分もあるかもしれません。ご来場いただいたり、図録をお求めいただいた方は、是非温かい目で、英訳を読み飛ばしていただければ幸いです。

写真は、私の愛読書(?)と今回格闘した英訳リストです。

2008/12/12 23:23:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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