慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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福澤がアメリカから持ち帰った謎の写真

Ewer 福澤が初めてアメリカに行ったとき、写真屋の少女と撮った有名な写真について先日書きました。同じ渡米中、この他に福澤が一人で撮った写真が2枚(同アングルで見分けが付かないほど似た写真)と集合写真が1枚知られています。

実はそれ以外に、もう1枚福澤が持ち帰ったアメリカ人の少年の写った写真があります。この少年、よく見ると右手に扇子を持っています。一体この少年は誰なのか、なぜ福澤がこの写真を持っていたのか、謎とされてきました。この写真も今回展示されます(少女と福澤の写真が出ない期間に、一人で写した写真と共に展示されます)。 福澤が一緒に写したのが写真屋の少女なのだから、この少年はその少女の弟に違いない、という推測がなされました。ところが、世の中には、様々なことをよく調べて下さっている方がいらして、このシュウという写真屋には一人娘しかいないということが判明しています(中崎真雄『福澤諭吉と写真屋の娘』)。そこで、これはシュウの弟ヤコブの子ではないか、という推測までなされました。 今回の展覧会に合わせて、前回ご登場いただいた白岩さんにこの写真も修復していただきました。その際、写真ケースの中から、少年が誰であるかを示す、紙切れが発見されました。それが、この写真です。

和紙に鉛筆で記されたメモは、アメリカ人の筆跡のようです。少年の名はWilliam B. Ewerで当時4歳、その父が聖職者のFerdinand C. Ewerという人物であることを示しています。福澤が差し出したこの紙に、親が名前を書き、それを見せながら、福澤に説明をしたのではないか、という想像をさせます。Reverendの下に鉛筆で軽く下線を引いたような跡があって、この単語を、福澤はすぐには理解できなかったのではないか、という気がします。全くの想像ですが。

この父Ewerについて調べてみたところ、1826年マサチューセッツ生まれ、1849年西海岸に渡り様々な事業をおこすがことごとく失敗して聖職者に転身。福澤の渡米の頃は、サンフランシスコで評判の牧師で、一家でニューヨークに移住する直前であったことがわかりました。

サンフランシスコでの最後の思い出にと写真を撮りに来たEwer一家と一緒になった福澤が、少年に扇子を持たせて撮影した――。このように想像するならば、少女の写真同様、なかなか面白い写真です。しかし残念ながら福澤はこの写真について何も語っておらず、そのことを証明してくれる資料も、今のところ何もありません。

このEwer一家について、他にも少し資料を収集しておりますが、この写真との接点は、全く見いだせていません。もし何かお分かりになる方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報下されば幸いです。少年の姿は、会場や図録で、是非ご覧頂ければと思います。

2008/12/09 2:13:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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