慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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「グッドニュースは特筆大書せよ」

Farewell 家に帰ると、まず玄関の新聞を引き抜き、着替えて、寝る、という生活を繰り返し、目を通していない新聞が部屋にうずたかく積もってしまいました。先日、いつものように引き抜いた新聞を少し開いてみると、社会面に、珍しく「良いニュース」が目につきました。

線路に落ちた目の不自由な男性を、高校生たちが助けた、という話です。長らくニュースも見ていないため、テレビでやっていたものかどうか知りませんが、めくってもめくっても悪いニュースが多い中で、このニュースはひときわ大きく見えました。

あまり世間では知られていませんが福澤諭吉は新聞を経営していました。『時事新報』といいます。当時の新聞は、社会的なステータスが低く、一生をかけるような仕事とは思われていなかったようで、最初福澤は慶應義塾の塾生のための実習のようにこの新聞を使っていたフシもあります。そして福澤は新聞を使って、色々な社会実験のようなことをしています。

それらについては、展示でご覧頂くとして…、この新聞については、実はあまり資料が残っておらず、とくに福澤が亡くなった後について詳しいことがよくわかっていません。ですが、重要な証言がいくつかあります。その一つは板倉卓造さんという、慶應義塾大学法学部で国際法を教えながら、時事新報の社説を書いていた方のまとまった聞き取り調査です。

その中に、福澤時代から「新聞はこうあれ」、と言い伝えられてきたことがある、という話があります。どれも今日のジャーナリズムへの示唆に富む言葉なのですが、今日はその一つ。「バッドニュースは小さく、グッドニュースは特筆大書せよ」。

一見偏向報道と言われかねませんが、マスメディアが社会を動かすことを冷徹に見据え、あるべき方向へ国を導くという強い信念に裏打ちされた方針だったといえるでしょう。

福澤没後になりますが、時事新報では、訂正記事を出す際、訂正を要する元の記事と同等の大きさにする、というようなことをまじめにやった時代があるといいます。メディアの持つ力、ということについて、時事新報の歩みは、まだまだ色々なことを教えてくれるように思います。

写真は、福澤を囲む時事新報の社員たち。若者ばかりです。

2008/12/18 21:06:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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