慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
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上原良司「所感」 ――「国賊福澤諭吉」の時代

福澤が「国賊」と言われた時代がありました。昭和戦前・戦中の時期です。慶應義塾は「国賊福澤諭吉」の創立した「自由主義者の巣窟」と、いわれたといいます。自粛自粛、統制統制という波の中で、自由主義などというのは禁句という空気が満ちていました。そのことと関連して、特攻隊で亡くなった上原良司(うえはら・りょうじ)という慶應義塾大学の学生が書き残した「所感」と題する手記を展示しています。

Uehara 戦前、日本人の男子は、20歳以上であれば兵役に就くことが義務づけられていましたが、大学に在学しているとその間は猶予されました。ところがそれでは足らなくなり、太平洋戦争直前から政府は大学の修学年限(今でいえば大学は4年間という年限)を徐々に短縮、学生は「繰り上げ卒業」で、どんどん兵役に就かざるを得ませんでした。それも手詰まりとなって、昭和18年に迎えるのが、いわゆる「学徒出陣」です。大学に在学している者に与えられていた徴兵猶予を「停止」し、20歳以上であれば、学生であっても関係なく兵役に就く、ということになったわけです。

そうして慶應義塾大学を後にしていった一人に上原良司がいます。「所感」と題する手記は、上原が特攻隊員として鹿児島県の知覧から出撃する前夜に書かれたもので、『新版・きけわだつみのこえ』(岩波文庫)の巻頭を飾っていることで有名です。本日、ご遺族の方が来場され、展示をご覧頂きました。

この文章の中では「自由」あるいは「自由主義」という言葉がたびたび記されています。最後の一節「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です」という部分は、冷水を浴びせられるような一文です。信ずるところを臆せず述べる、悲しいながらも凛とした態度には、この展覧会をつらぬくメッセージに相応しいものがあると思い、展示させて頂きました。

原稿用紙7枚に、最初万年筆で書き始められ、インクが切れたらしく、途中から鉛筆になります。その字は、変体仮名や崩し字が混じるので、少し読みにくいかもしれませんが、自筆の文字をたどって頂きたいと思い、書き起こし文は設置しませんでした。

以下に全文を載せますので、読み解きたい方は、参考にして下されば幸いです。

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  五六振武隊 陸軍少尉 上原良司
             大正十一年九月廿七日生
本籍
現住所
出身校 慶應義塾大学経済学部
所感
栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊とも謂ふべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄、之に過ぐるものなきと痛感致して居ります。
思へば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考へた場合、これは或は自由主義者と謂はれるかも知れませんが、自由の勝利は明白な事だと思ひます。人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、例へそれが抑へられて居る如く見えても、底に於ては常に闘ひつつ最後には必ず勝つと云ふ事は、 彼のイタリヤのクローチェも云って居る如く真理であると思ひます。権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であらうとも必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家に於て見る事が出来ると思ひます。ファシズムのイタリヤは如何、ナチズムのドイツ亦既に敗れ、今や権力主義国家は、土台石の壊れた建築物の如く、次から次へと滅亡しつゝあります。真理の普遍さは今、現実に依って証明されつゝ過去に於て歴史が示した如く未来永久に自由の偉大さを証明して行くと思はれます。自己の信念の正しかった事、この事は或は祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。現在の如何なる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思ふ次第です。既に思想に依って、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。
愛する祖国日本をして、嘗ての大英帝国の如き大帝国たらしめんとする私の野望は遂に空しくなりました。真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在の如き状態には或は追ひ込まれなかったと思ひます。世界何処に於ても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。
空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人が云った事は確かです。操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなく、勿論理性もなく、只敵の航空母艦に向って吸ひつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。理性を以て考へたなら実に考へられぬ事で、強ひて考ふれば彼等が云ふ如く自殺者とでも云ひませうか。精神の国、日本に於てのみ見られる事だと思ひます。一器械である吾人は何も云ふ権利もありませんが、唯願はくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願ひするのみです。
こんな精神状態で征ったなら、勿論死んでも何にもならないかも知れません。故に最初に述べた如く、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思って居る次第です。
飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、一旦下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んで居りました。天国に待ちある人、天国に於て彼女と会へると思ふと、死は天国に行く途中でしかありませんから、何でもありません。明日は出撃です。過激に亘り、勿論発表すべき事ではありませんでしたが、偽はらぬ心境は以上述べた如くです。何も系統だてず思った儘を雑然と並べた事を許して下さい。明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。
云ひたい事を云ひたいだけ云ひました。無礼を御許し下さい。ではこの辺で。
出撃の前夜記す。

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写真は、日吉第一校舎(今の慶應義塾高校校舎)前に立つ上原良司(中央)と友人です。

2009/01/29 23:09:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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