慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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福澤の正月

あけましておめでとうございます。福澤展の準備も、本日仕事始めです。さて、福澤というと、虚礼虚飾を嫌った人ですので、正月などにも変わったことはしないようにも思われますが、そうでもありません。

福澤は、お世話になった人には、非常に礼節を尽くした人でした。中津の元のお殿様、奥平家や、咸臨丸でアメリカに行けるように従者にしてくれた木村芥舟などには、珍しく羽織・袴に正装して、正月の挨拶に出掛けたといわれています。

適塾で公私にわたって世話になった緒方洪庵の遺族、福澤を江戸に呼んで蘭学塾を開かせた岡見彦三の遺族などにも礼を尽くし続けました。福澤が晩年、大阪を訪れた際も洪庵の墓に詣でており、自らたすきがけにして、墓石をゴシゴシ洗い始めました。何も福澤が自分でやることはない、といって周りの者が代わろうとすると、これは自分がやらなければ意味がない、といって絶対にやめなかったのだそうです。

福澤が虚礼虚飾を嫌ったことは、自身もたびたび書いています。しかしそれはそれまでの時代が、余りに虚礼虚飾に凝り固まっていたからで、それを破ろうと、意図的にやっていたことでした。彼自身は、やはり江戸時代の人で、それを忠と呼ぶかどうかはともかく、義理堅さというようなものは、ある側面では同時代の一般人以上に強かったのではないかと思います。

2009/01/05 22:22:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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