慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

2009年2月
灯台のモデルが判明
展覧会で飾られている福澤還暦祝いの灯台模型のモデルが判明したということをご報告しておきましょう。 第5部に飾られているこの灯台模型は、前に書いたように福澤が大変嫌っていたもので、目に入るのもイヤだということから家族はたいそう困ったらしく、しまい込まれてしまったので、今までほとんど人目に触れることはあ ・・・

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2009/02/25 23:14:00
幻の写真、発見
今日、東京での福澤展の最後の展示替え作業が行われました。しばらく仕舞われていたアメリカ人少女と福澤の写真を、再び展示するなど、いくつか展示が変更されています。 さて、今日の大きな出来事としては、開催前の準備中に、一人だけどうしても発見できなかった人物の顔写真を、展示することができたことです。 展示の ・・・

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2009/02/23 22:27:00
この一枚
福澤諭吉展では、福澤が写った非常に多くの写真を展示しています。福澤が一人で写っている写真だけで、ゆうに20枚以上あるでしょう。同時代では、写真がかなり多い人の一人であることは間違いないと思います。 数多くの写真の中で、私の一番のお気に入りは、こちらの子供二人と写った写真です。この写真を初めて見たのは ・・・

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2009/02/20 23:44:00
妙心寺展と福澤諭吉展(2)
福澤展には禅と関係のある資料が出ています。朝鮮の政客、金玉均(キム・オクキュン)が福澤に贈った書です。 金玉均は、朝鮮の近代化を志した運動家の一人です。彼は1884年に起こしたクーデター・甲申事変に失敗して日本に亡命し、以後日本で流転の日々を過ごしましたが、終始福澤の援助を受けていました。福澤は甲申 ・・・

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2009/02/19 22:50:00
妙心寺展と福澤諭吉展(1)
今日2月15日は仏教の世界では涅槃会(ねはんえ)。お釈迦様のご命日です。先日まで展示されていた松永安左エ門旧蔵の国宝「釈迦金棺出現図」に描かれているのは「今日」の出来事ですね。 ところで、東京国立博物館の平成館では「妙心寺展」が行われています。妙心寺と福澤諭吉に何か接点はあるでしょうか。 ・・・

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2009/02/15 22:47:00
金印と福澤諭吉
2泊3日の福岡滞在中、福澤展「九州バージョン」の情報収集のために、様々なところに行って参りました。もちろん、ラーメン屋ともつ鍋屋にも。 「ああ、これも福岡に繋がっている」と思うことがいろいろありました。ちょっと面白い発見は、福岡市に属する志賀島で発見された、かの有名な金印のこと。福澤と金印がちょっと ・・・

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2009/02/14 22:55:00
九州展、記者発表
本日、福澤展の次の会場である福岡市美術館にて、展覧会開催の記者発表会が行われました。 九州を舞台とする次の展覧会は、福岡城下の福岡市美術館が会場です。ここでは、九州と福澤の関連も掘り下げる展覧会にしたいと思っています。会期は5月2日(土)から6月14日(日)です。 発表会には、福岡市美術館生田館長、 ・・・

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2009/02/12 23:49:00
恋に落ちた福澤先生
※この話は、最後まで良くお読み下さい。 文久2年6月21日、「先生」は幕府遣欧使節の一員としてオランダでの最後の一日を過ごしていた。有名な大教会の広場に一人の少女が現れる。その少女は「乳色の柔らかい皮膚、海のような碧い眼、真っ白な上衣(コート)、幅の狭い真っ黒な帯(ベルト)にはチューリップの花束を挿 ・・・

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2009/02/11 23:19:00
トルコ語訳の『福翁自伝』
本展第6部に『学問のすゝめ』と『福翁自伝』の各国語訳が展示されています。『学問のすゝめ』は7か国語の訳、『福翁自伝』は9か国語ある、と図録には書いたのですが、実は展覧会開催直前になって、『福翁自伝』のトルコ語訳があることが判明。図録の文献リストには掲載されたのですが、本文では間に合いませんでした。  ・・・

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2009/02/10 21:46:47
表慶館に春近し
だんだん春の気配が感じられるようになってきました。表慶館裏には梅が咲き始めています。昼も長くなり、まだ明るいうちに閉館になります。この前までは、帰る頃には真っ暗でしたが。 気温も心なし暖かくなってきて、お休みに外に出掛ける気分にもなる季節となって参りました。最初は、ぜいたくなほどゆったりご覧頂けてい ・・・

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2009/02/08 23:03:00
福沢か?福澤か?
ときどき「福澤諭吉」と「福沢諭吉」のどちらが正しいのですか、とおっしゃる方がいらっしゃいます。これは非常に現代的な疑問のようです。明治時代の人は、自分の名前の表記を含め、漢字についてかなりアバウトであったといえます。たとえば、二郎と次郎、○蔵と○造、嶋と島など、違う字(字体)を書くと、現代では完全に ・・・

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2009/02/05 20:55:00
本日は福澤諭吉の命日「雪池忌」
明治34年(1901)2月3日午後10時50分、福澤諭吉は東京三田の自宅で亡くなりました。今日はその祥月命日に当たります。 いつからかは知りませんがこの日を「雪池忌」(ゆきちき)と呼びます。だいぶ前にこのブログで「三十一谷人」という福澤の落款印についてご紹介し、産経新聞の福澤展資料紹介(1月28日付 ・・・

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2009/02/03 20:38:00
ライオンと福澤諭吉
東博は、本日お休み。一部展示替えが行われました。ところで、展覧会場正面の1対のライオン像をご覧頂きましたか。表慶館のシンボルとして「みどりのライオン」と親しまれるこの像は、本展で皆さんが最初に目にする展示物、福澤諭吉の座像と同じで、作者は大熊氏広です。 ライオンついでに、福澤と関係のあるライオンの話 ・・・

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2009/02/02 17:48:00
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