慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

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灯台のモデルが判明

91jt5998 展覧会で飾られている福澤還暦祝いの灯台模型のモデルが判明したということをご報告しておきましょう。

第5部に飾られているこの灯台模型は、前に書いたように福澤が大変嫌っていたもので、目に入るのもイヤだということから家族はたいそう困ったらしく、しまい込まれてしまったので、今までほとんど人目に触れることはありませんでした。

今回その灯台模型が仮修復を経て展示され、多くの人の目に触れました。なかには灯台に強い関心をお持ちの方もいらっしゃり、福澤研究センターに情報をお寄せ頂いたため、この灯台のモデルが判明したというわけです。

実は『福澤諭吉伝』にもこの灯台模型のモデルについて記載がありますが、「有名なるスコットランドのエヂソン灯明台」とあります。しかし色々調べてもこのような名前の灯台はありません。『慶應義塾百年史』にはもう少し踏み込んだ記述があり、「「スコットランドのエヂソン灯台」(あるいはイングランドのエディストン灯台か)」と書いてあります。この部分の筆者は、私と違ってエディストンという有名な灯台があることを知っていたのでしょう。ただ、今回の展覧会の準備でも、このことを余り深く探索する余裕がなく、公開に至りました。

Img_2244 見学された方から教えて頂いたこの灯台の正体は、まさに「エディストン灯台」(Eddystone Lighthouse)でした。それも、エディストン灯台の3代目(数え方によっては4代目)で、1756年にジョン・スミートンによって建造され、Smeaton's Towerと呼ばれています。このスミートン・タワーの建造は、建築史上も重要な出来事らしく、この建造に当たってスミートンが水に強いセメントを開発し、建築に本格的にセメントが使われるようになったとか。

もともとはこの模型のように海上の岩場にあったのですが、土台が危なくなって、1884年にプリマスの高台に移築されて現存します。その後すぐ隣の岩場に現在の灯台(Douglass's Tower)が建てられ、かつてのスミートン・タワーは土台が今でも元の場所に残されているようです。インターネットで探索すると、現在の灯台の姿も出てきますし、赤白のシマシマに塗り分けられた奇妙な見た目のスミートン・タワーの姿も、たくさん見つかると思います。福澤の灯台模型も確かに胴体にシマシマがあり、実物を良く理解している人が作ったことがわかります。

改めて模型をよくみると、胴体にはブロックの一つ一つが刻まれていますし、入り口のドアには木目まで彫り込まれています。いったい誰が?どうやってこれほど精巧なものを作ったのか??福澤は喜ばないでしょうが、この灯台は、なかなか興味を引きます。

2009/02/25 23:14:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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