慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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恋に落ちた福澤先生

※この話は、最後まで良くお読み下さい。

文久2年6月21日、「先生」は幕府遣欧使節の一員としてオランダでの最後の一日を過ごしていた。有名な大教会の広場に一人の少女が現れる。その少女は「乳色の柔らかい皮膚、海のような碧い眼、真っ白な上衣(コート)、幅の狭い真っ黒な帯(ベルト)にはチューリップの花束を挿し、頭には真っ紅な円帽を冠っていた」。先生と少女の目が合う。少女の目に映った無垢な興味と好奇心は「火を呼んだ揮発油のように、一時に先生の胸を燃え立たせた」。

先生は少女の後を追い、前に回り込むが、声が出ない。

「その時先生の両頬には石炭の塊が燃え、胸の中には激しく羽ばたくものがあった。手足は文字通りに慄え、動悸は高ぶり、肉体は消え飛んでしまいそうだった。意識できたのはただ、彼女の眼の、抵抗のできない牽引力だけであった。」

満を持して口を開いた先生は、その後その少女レオノラとつかの間のデートを楽しみ、レストランで夕食の後、フィフェルベルグの川の堤防で手摺りに寄り添って水面を見ながら語り合う。そして――。

これは木村毅『福澤先生』(南光社、昭和9年)の内容です。この後二人がどうしたかはともかく(大したことはない)、最後に福澤は、日本で待つ新妻のことも忘れて、レオノラに日本まで来るよう誘います。しかし、病気の父の看病を理由に断られ、淡い思い出となる――。ここで話は終わらず、1年後、福澤のもとに国際郵便が届きます。父が亡くなり、私は自由の身になったというレオノラからの知らせでした。しかし福澤はそれに答えを出せずに月日が経過する――、という話です。

木村は最後に「こうして公にしても、先生の人格的陰影を豊富にして見せこそすれ、その徳を傷つける恐れは絶対ないものである事を、作者は確く信じているのである」と結んでいます。実に行き届いた記述で、事実かと思いそうですが、事実にしては記述が行き届き過ぎているのです。しかも、木村は末尾で「作者」といっていますし、背見出しには「伝記小説集」とあり、序文には「変種創作集」とあります。つまり、木村の創作でしょう。

それにしても、この作品には思わずニヤリとしてしまいます。終始一貫して主人公は「先生」と書かれ、その初々しい感情や行動は、「先生」という語や、あの一万円札の中年過ぎの福澤像とは、妙に生々しいコントラストをなし、却って真実味を感じさせられるからです。

福澤という人は、女性関係に実に清潔で、浮いた話が全く聞かれません。幕末維新の時代小説では、だいたい女性の存在が話にアクセントを添えますが、福澤にはそれを描き込む余地がないのです。それゆえに福澤なのですから致し方ありませんが(女性の地位向上を堂々と主張するための前提であったといえるでしょう)、ある意味、実につまらない人です。

そんな固定観念をぶちこわすこの小説。福澤を描いたあらゆる文章の中では、特筆すべき奇作のように思います。バレンタインデー間近ということで、福澤の恋にまつわるお話を書いてみた次第です。

2009/02/11 23:19:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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