慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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妙心寺展と福澤諭吉展(1)

今日2月15日は仏教の世界では涅槃会(ねはんえ)。お釈迦様のご命日です。先日まで展示されていた松永安左エ門旧蔵の国宝「釈迦金棺出現図」に描かれているのは「今日」の出来事ですね。

ところで、東京国立博物館の平成館では「妙心寺展」が行われています。妙心寺と福澤諭吉に何か接点はあるでしょうか。

妙心寺は臨済宗、福澤の家は浄土真宗本願寺派(西本願寺)です。福澤は、宗教については非常に疎かったようですが、日本に現に定着している仏教を是認するという立場でした。家は西本願寺ですが、門下生に東本願寺の僧がおり、この人(寺田福寿という人)をたびたび家に呼んでは、法事を営んでいたといいますから、真宗の西・東の別なども、あまり気に留めないずぼらな宗教観が見えます。

福澤門下生には、意外に多数の僧侶がいます。例えば真言宗の僧で、高野山金剛峯寺の座主にまでなった土宜法竜。この人は、博物学者として知られる南方熊楠との往復書簡がとりわけ有名なので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。「南方マンダラ」と呼ばれるナゾの図も、この人への南方書簡に描かれました。ちなみに、福澤から土宜宛の書簡も2通確認されています(岩波書店刊の『福澤諭吉書簡集』に収録されています)。

臨済宗との関係でいえば、釈宗演を挙げることができます。この人は、妙心寺で得度(出家)し、臨済宗の円覚寺・建長寺管長などを務めました。禅をZENとして世界に広めたことで知られる鈴木大拙は、釈宗演を師とし、釈の国際的視野に大きな影響を受けたといわれています。なお、釈宗演宛の福澤書簡も1通が知られており(同上)、釈宗演の留学には福澤の援助があったといわれています。

どうでしょう。まだ弱いですかねぇ。

では、少し禅に関係する展示資料と、展覧会全体の問いかけの一つについて、紹介してみましょう。(つづく)

2009/02/15 22:47:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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