慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
福澤展のツボ

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記憶は建物に宿る

0906251 本日は私のいる福澤研究センターの講演会。東大より苅部直教授をお招きし、「福澤諭吉の「怨望」論をめぐって」という講題でお話し頂きました。

舞台は三田演説館。福澤展に出品中のため、福澤の演説像(油絵)はお留守。そのため、代わりに巨大な慶應義塾の校旗が貼られていました。

ところで、この演説像、福岡では写真のようにセリフ付きでした。(2番目の写真)

  

 

 

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「いやしくも一国に言語ありて国人互いに意を通ずるを得るの事実あれば、これを演説に用ゆべからざるの理なし。」

「学問の為にも、商工の為にも、又政治の為にも、演説勉めざるべからざるなり。」

 

これは、「三田演説第百回の記」という福澤の演説から引用したものです。意味は、(日本人には演説は無理だ、日本語は演説に向かない、というようなことをいう人がいるが、)この国に言葉が存在して、それを使って意思の疎通をしているという事実があるのだから、演説に使えないはずがない。学問の世界でも、ビジネスでも、政治でも、演説をする努力をしようではありませんか、といったところ。

このディスプレイは、施工業者の方のこだわりの中の1つ。最初はちょっと野暮ったいかと思ったのですが、今となってはとても良かったです。この言葉が発せられた建物が、まさにこの三田演説館でもあります。

 

0906253 演説館を出てすぐのところにある「南校舎」という建物は、建て替えのため今週から完全に封鎖され、ほとんどの学生が毎日通っていた、この校舎の中を貫く正門からの階段も使用できなくなりました。

学生時代の思い出も多く、つい昨年末も、真夜中にこの校舎の上にオリオン座を見上げていた思い出の建物です。福澤展の慶應義塾に関する展示部分では、建物についての資料や写真がいろいろありましたが、過去の記憶というのは、建物にくっついているものだなぁ、というようなことを改めて思ったりした次第です。

2009/06/25 23:53:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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