慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

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皆既日食と福澤諭吉(2) ―福澤、日食にこりごり

090720 日食がいよいよ近付きましたが、お天気が今ひとつの予報のようですね。ところで、福澤も日食を観測したことがあるようです。時は明治20年(1887)8月19日、この時は福島県が観測最適地で皆既日食を見られたようですが、東京でも9割9分は欠けるというので、東京人は期待して待っていたところ、午前中は曇天、時には雨さえぱらつく天気。しかし3時前に欠け始めた頃にはすっかり晴れ渡り、福澤の新聞『時事新報』はその様子を克明に記しています。

近代日本が体験した最初の皆既日食で、人々は「その時」に何が起こるのか、余りよくわからなかったようです。午後3時46分、東京で最も太陽が欠けたときの様子を時事新報はこう書いています。

「前もっての考えとは大いに違いて、提灯に火を点ずるはおろか、室内にても夜景を呈するなどとはなかなかに思われざりし」

何だか拍子抜けしたようです。

福澤も、世紀の天体ショーにいささか興奮したようです。『時事新報』の「漫言」という時事問題をテーマにした戯文コーナーには、福澤の筆と思われる文章が日食当日に載っています。そこには、人々が日食がよく見えるといって福島県に殺到している様子を冷ややかに見つつ、今日は「巾着切」(スリ)をやればもうかるとか、色ガラスやススを塗ったガラスを売り歩けばもうかるとか、くだらないことが書いてあります。今日こんなことを書けば、社会問題化間違いなしですね(笑)。

しかし最後のところでは福澤の新聞らしく、日食をマクラにイギリス流の議院内閣制の実現を主張します(!)。いわく、太陽でも時には数時間とはいえ地位を失うことがある、現実政治の世界でも日食のように、時には在野が入れ替わって、耳目を新たにするということを繰り返す政治制度にするのが面白いでしょう、と。

この日の漫言のタイトルは「日食の思い付き」。時は明治憲法発布前。勢い任せとはいえ、なかなか思い切った発言です。日食と政権交代。むむむ。ただの昔話ではありませんね。

ところで、福澤は翌日には反省をしてまた漫言を書いたようです。昨日は浮かれすぎたと。「老人子供は外に出すな」「半日は常夜の闇」「天照大神天の岩戸以来の出来事」などと言われたのに、そんなに暗くならなかったし、暗かったのもちょっとの時間だったじゃないかと。そして得意のたとえ話でこう書いています。

「ガスもランプも何のその、目の良い婆さんはノミを捕りながら隠居のタバコ一服の間に、まただんだん明るくなり、依然たる八月十九日の午後四時なり」

日食の様子を知っていれば、あんな騒ぎはしなかったのに、知ったように取り越し苦労をして馬鹿を見て、もうこりごり、というわけでした。ちなみにこの日の漫言タイトルは「日食に懲り懲り」。しかし勢い任せに言った政権交代は、122年後の今年、もしや…。

画像は日食2日前の時事新報の解説。食の最大時に見える星空を解説しています。

2009/07/20 23:45:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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