慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

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福澤諭吉、大坂の思い出(3) 願掛けを開封した葭屋橋(よしやばし)

090810 『福翁自伝』の中に次のような話もあります。

…大阪の東北の方に葭屋橋という橋がある、その橋手前の所を築地といって、むかしは誠にいかがな家ばかり並んでいて、マア待合をする地獄屋とでもいうような内実きたない町であったが、その築地の入口の角に、地蔵様か金比羅様か知らん、小さな堂がある。なかなか繁昌の様子で、そこに色々な額が上げてある。あるいは男女の拝んでるところが描いてある、何か封書が額に貼りつけてある、または髻(もとどり)が切って結いつけてある。それを昼のうちに見ておいて、夜になるとその封書や髻のあるのを引っさらえて塾に持って帰って開封してみると、種々様々の願が掛けてあるから面白い。「ハハアこれは博打を打った奴が止めるというのか。これは禁酒だ。これは難船に助かったお礼。こっちのは女狂いにこりごりした奴だ。それは何歳の娘が妙なことを念じている」などと、ただそれを見るのが面白くて毎度やったことだが、とにかくに人の一心を寵めた祈願を無茶苦茶にするとは罪の深いことだ。無神無仏の蘭学生にあっては仕方がない。

その「葭屋橋」に行ってみると、当時の面影はなく、祠らしいものもありません。150年過ぎて、変わるもの、変わらないもの、福翁自伝という切り口を持って街を歩き回ると、同じ街も色々に見えてきます。

2009/08/10 22:03:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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