慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

福澤研究センター 都倉武之が語る
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福澤諭吉、横浜を見下ろす。

090907 1859年、福澤がどのようなルートで横浜に来たのかということについて、今回の展覧会の準備でいろいろと議論がありました。神奈川宿から渡し船を使ったという可能性もあるようですが、おそらく、開港に向けて突貫工事で作られた横浜道をたどったのだろうと想像されます。道を順当にたどったとすると、野毛の切り通しにたどり着きます。これが、今回の展覧会のポスターになっている風景のイメージです。展覧会ポスターは野毛の切り通しから眼下に広がる横浜を旅人が見下ろす錦絵に、現代の横浜の風景と福澤を重ねたものなのです。

この場所は今どうなっているのかと、先日行ってみたところ、やはり面影はありません。高くそびえる切り通しの名残の崖がありますが、道幅は広く、坂はゆるやかです。しかし夜中歩き通しでここにたどり着いた福澤が何を思ったか、などと思いをめぐらすことは楽しいことです。

ところで、この野毛坂に、福澤の最後の門下生の一人高橋誠一郎の家が一時期あったということを、つい最近知りました。高橋は昭和57年(1982)に亡くなりますが、おそらく日本中で福澤を直接知る最後の人だったでしょう。高橋は福澤の晩年の散歩に加わって、例の股引や尻っぱしょりをよく知っていた人で、福澤が最後の大患で倒れたときも、福澤邸の中にいたという人です。

健脚を誇る福澤が、せっせと歩いて訪れた場所に、最後の散歩仲間になる高橋が後に住み、福澤の散歩姿を語ることになったというのは、何だか面白い話でもあります。

写真は、先日訪れた野毛の切り通し。夜景であるのは、展示作業の後、酔い覚ましに歩いたがゆえです。

2009/09/07 9:00:00
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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