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コンセプト

異端と先導−文明の進歩は異端から生まれる
その時、福澤は何を考え、どう行動したか。

日本の近代化に多大な役割を果たした福澤諭吉(1835-1901)が大阪の地に生をうけて、来る2010年には、175年を迎えます。また、福澤が慶應義塾を創立して2008年で150年の歳月がたちました。これを記念して、大阪市立美術館、慶應義塾、産経新聞社は、2009年8月4日(火)から9月6日(日)まで、大阪市立美術館にて「未来をひらく福澤諭吉展」を開催する運びとなりました。

福澤諭吉は幕末明治の激動の時代にあって、日本の近代化に大きな足跡を残した、日本を代表する思想家です。福澤は、大坂堂島の中津藩蔵屋敷で下級武士の子として生まれ、父の郷里・大分の中津で漢学、ついで長崎にて蘭学を学びました。その後ふたたび大坂に出て緒方洪庵の適塾に入門、青春を謳歌しつつ大坂で蘭学の研究に励んだ日々は、福澤が自らの力を信じて歩み出す原点となりました。

1858年、23歳の若さで江戸に蘭学塾(後の慶應義塾)を開設、適塾時代の知識を基礎として、さらに欧米各国への訪問体験などでの見聞を通して獲得した知見を、『西洋事情』『学問のすゝめ』『文明論之概略』などで世に問い、近代日本の歩むべき道を提唱しました。

福澤諭吉は、こんにち近代化への貢献で高く評価される一方で、官職を求めず、生涯、無位無冠の一市民であることを貫きました。個人の生き方、男女間や家族のあり方、教育、実業界、国や政府と国民の関係、そして世界に向けるまなざし―彼が生涯をかけて主張し、自ら手本を示そうとしたこれらをはじめとする近代化の課題には、今なお解決をみていないものが少なくありません。

福澤諭吉の言葉の背後には、常に激しい批判精神が秘められています。「異端」として排斥されることをも恐れず、権威や世論におもねらず、自分の知性が信ずるところを堂々と述べる勇気と気品―福澤は、そのような姿勢にこそ、文明の進歩があると信じた思想家でした。

本展覧会では、福澤諭吉の遺品、遺墨、書簡、自筆草稿、著書などを通して、福澤の先導的な思想と活動を紹介いたします。また、阪急を創立した小林一三(逸翁)をはじめ、福澤門下の経済人が所蔵していた日本美術の代表的名品や、慶應義塾ゆかりの美術品をあわせて展示します。

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