開催内容

HOME→開催内容−コンセプト−東京

コンセプト

異端と先導−文明の進歩は異端から生まれる
その時、福澤は何を考え、どう行動したか。

慶應義塾は2008年、日本の近代総合学塾として初めて創立150年を迎えました。これを記念して、東京国立博物館、慶應義塾、フジサンケイグループは、2009年1月10日(土)から3月8日(日)まで、東京国立博物館表慶館(東京・上野公園)にて、慶應義塾創立150年記念「未来をひらく福澤諭吉展」を開催する運びとなりました。

慶應義塾の創立者・福澤諭吉(1835-1901)は、幕末明治の激動の時代にあって思想家として革新的な活動を展開し、日本の近代化に大きな足跡をのこしました。
中津藩(大分県)の下級武士の家に生まれ、10代より漢学を習い、ついで大坂の適塾で蘭学を学んだ福澤は、1858年に23歳の若さで江戸に蘭学塾(後の慶應義塾)を開きます。また、独学で英語を習得し、欧米各国を3回にわたって訪問し、知見を深めました。そうした経験をもとに『西洋事情』など西洋文明を紹介する書を著し、明治維新後は『学問のすゝめ』『文明論之概略』などを世に問い、近代日本の進むべき道を、提唱しました。

日本近代化の功労者といわれる福澤諭吉ですが、当時の知識人がこぞって官職を求めたなかで、生涯、無位無冠の一市民であることを貫きました。気品ある人間性、個人が自立するための教育、男女平等、地方分権、創意ある起業、メディアの開拓、国際的視野──福澤諭吉が提起した近代化の課題には、今日もなお、解決をみていないものが少なくありません。
福澤諭吉の言葉の背後には、常に激しい批判精神が秘められています。「異端」として排斥されることをも恐れず、権威や世論の大勢に抗して、自分の知性が信ずるところを堂々と述べる勇気と気品。福澤は、そのような姿勢にこそ、文明の進歩があると信じた思想家でした。

本展覧会では、福澤の多方面にわたる先導的な活動を捉えなおし、その遺品、遺墨、書簡、自筆草稿、著書、および福澤の門下生が収集した美術コレクションや慶應義塾ゆかりの名品などを体系的に紹介します。その随所に見られる「異端」と「先導」の創造性にみちた交錯は、近代化から150年を経てなお混迷を増す現代社会において、私たちが進むべき道を考える一助となるでしょう。

INFORMATION

› 慶應義塾広報室
TEL 03-5427-1541 FAX 03-5441-7640
〒108-8345東京都港区三田2-15-45