慶應義塾 創立150周年記念 未来をひらく 福澤諭吉展(福沢諭吉展)

展覧会 関連情報
2009年に、東京・福岡・大阪・横浜で開催

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「未来をひらく福澤諭吉展を観て」長谷山彰(慶應義塾大学文学部長)さんのメッセージを掲載します。

「独立自尊」と「人間(じんかん)交際」   長谷山 彰(慶應義塾大学文学部長)

一月九日夕、福澤諭吉展内覧会に出かけた。氷雨混じりの風に傘を煽られながら上野の博物館に辿り着くと、ドーム天井のホールで巨大なポスターの福澤諭吉像に迎えられた。文久二年、ロンドンで撮影された二十九歳の凛々しい侍姿である。顔をやや左に向け口元を固く結び、昂然と前方を見据えている。ほかにも外国滞在中の写真はあるが、多くは自然なポーズで、この一枚だけが異彩を放っている。ロンドンで福澤は大英帝国の繁栄を目の当たりにした。西洋文明に驚嘆しながらも、日本人として独立の気概を滾たぎらせたことであろう。写真の表情はその胸中を現すかのようである。

会場には青年期から最晩年まで福澤の肖像写真が多数出品されている。福澤の精神的風貌の変化が彷彿として興味深い。万延元年、サンフランシスコで茶目っ気を出した福澤が西洋人の少女と一緒に撮った写真もある。この滞米ではもう一つエピソードがあった。遣米使節一行が世話になった海軍士官に贈り物をすると、その夫人が花束をもって礼に現れた。

福澤は金品ではなく花で応える気品の高さに感激し、西洋文明の真髄はその精神性にあると評価した。福澤が彰義隊戦争の日にもウェーランド経済書講述を続けた話は有名だが、後年、教材としてウェーランドの『修身論』も重視した。そのウェーランド経済書講述の姿を描いた安田靫彦作の図も展示されている。

ほかに印象的なのは、長男一太郎と次男捨次郎を両脇に立たせ、洋服姿で椅子に腰を下ろした写真である。福澤は一杯に広げた両手を子供の体に回し、二人の男児は父親に身を寄せ、片手を父の膝においている。写真撮影といえば厳父の側で子が直立不動する時代に珍しい図である。三歳で父を失った福澤は人一倍家族を大切にする情の人であったが、それは思想の人福澤にも通じている。「一身独立して一国独立す」、福澤は政府の強化よりも知性と倫理と経済感覚を兼ね備えた独立自尊の市民を育成することが真の立国につながると信じ、青少年教育、女子教育、家庭教育の必要を説いた。独立自尊の人は孤高の人ではなく、「人間(じんかん)交際」により社会の発展に寄与する人である。福澤は「世の中にて最も大切なるものは人と人との交わり付き合いなり。是即ち一つの学問なり」と主張している。ところでこの写真では福澤はやや窶れた表情で写っている。当時三十九歳の福澤は世間では著名人であったが、内にあっては大家族を抱え、一家の大黒柱として日々苦闘していたのかもしれない。

展示を見終わり、外へ出ると幸い風雨は弱まっていた。彰義隊戦争の激戦地黒門口の跡近くを通り上野駅へと歩く。道々、改めて我らが福澤先生の生涯に思いを巡らせた。激動の時代にあって福澤は世の流行に惑わされることなく、独立自尊を全うせよと若者達に教えた。近年、グローバル化の波が大学にも押し寄せているが、それだからこそ大学の個性が問われている。独自の精神文化をもたぬ大学は同質化の渦に飲み込まれてゆくであろう。今こそ慶應義塾の「独立自尊」が試されている。

(『三田評論』2009年2月号より転載)

2009/02/09 13:32:16
未来をひらく福澤諭吉展 2009 東京,福岡,大阪

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