名古屋会場 2008/2/2(土)「アートのある生活-感性をみがく-」

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2008/4/25 | 講演会の模様が、中日新聞に掲載されました。

アートを身近に 人生に感動を

(※この記事は、2008年2月25日付、中日新聞朝刊に掲載されたものです。)

全国13カ所で展開中の慶應義塾創立150年記念講演会「学問のすゝめ21」が、2月2日、名古屋市中区の中京大学文化市民会館において1000人を超える市民を集めて開催された。今回は、人生の幅を広げてくれる「アート」との付き合い方について、さまざまなヒントが提案されたほか、講演とパネルディスカッションの間には、“左手のピアニスト”として世界を舞台に活躍する舘野さんのリサイタルもあり、広い音域を左手だけで表現する演奏に、大きな拍手が送られた。
(司会・進行/東海テレビアナウンサー・勅使河原由佳子氏)

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■講演 「創造社会におけるメディアデザイン」
誰もが作り手時代に
 慶應義塾大学 環境情報学部教授 稲蔭正彦氏

1  そもそも人類は、多くの遺跡に見られるように、かなり昔から、いろいろな形で「表現をし」、それを「楽しんで」きました。つまり、創造することが好きだということが私たちのDNAの中には埋め込まれていると考えています。

 今、技術の進歩によって、そのDNAを喜ばせる「創造社会」が到来し始めています。数年前に、大学の研究室で、携帯電話だけで映画をつくるという実験を行いました。映像の画質をあまり気にせず、表現することにのみ重きを置くと、天才でなくても、資金力がなくても、誰もが簡単に映画の作り手になることが可能です。

 もう一つ、重要なシフトがあります。デジタル技術を活用すれば、生活用品に価値のある遊び心を加えることができ、日常をもっと楽しむことができます。例えば話しかけると喜ぶマグカップ。自分の描いた絵に息を吹きかけると、突然その絵が動き出す新しいお絵かき。また振ると音が鳴り、振り方で音も変わる傘は、雨が降らなかった時の迷惑モノでなくなります。

 コラボレーションというキーワードも重要です。「Mopie(ムーピィ)」というものが生まれていますが、街を歩くさまざまな人がカメラで撮った映像を登録すると街中の地図を映像で表現できます。一人では気の遠くなる作業でもコラボで簡単に実現します。

 このメディアデザインという一つのアート分野は、今のところ、「面白い」というところまでで、まだ世の中を豊かにするものにつながっていません。これを進めるために、2008年4月、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科を設立し、誰もが作り手になれることを社会に還元していく市場形成社会に貢献したいと考えています。

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いなかげ まさひこ アーティストとしてアート作品制作や映画などの先端技術を活用したコンテンツ製作に携わる。また、次世代のエンターテインメントコンテンツやメディアデザインに関する研究活動を行っているほか、コンテンツや知的財産などの政策に関する活動にもかかわっている。4月よりメディアデザイン研究科委員長に就任予定

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■講演 「美術館が街を変える」
人を育て感性を育て
 金沢21世紀美術館 特任館長 蓑 豊氏

2  「時間があれば美術館に行く」という習慣は、感性をみがくのに非常に大切です。「金沢21世紀美術館」は、それに挑戦しようという試みとしてスタートしました。市の人口が約45万人の中、毎年約130万人以上の来館者を数え、美術館が街を、人々の意識を変えたのです。

 特徴は大きく三つ。一つは、有料の美術館スペースを真ん中にし、その周囲をぐるりと一周する無料スペースを設けたこと。このフリーゾーンは9時~22時まで開いており、市民は生活空間として活用。これが年間約130万人を超える来館者に結びついています。来館者の70%は無料ゾーンだけで帰る人たちですが、130万人入れば、30%でも、入場料だけで2億円になります。

 二つ目は、家族で来てもらえる美術館にしたこと。市内の小中学生約4万1千人全員を招待し、期限付きの「もう一回券」を渡したところ、およそ7千枚も戻ってきました。実は小・中学生はコレクション展はもともと無料で、これはいわば”お遊び”の入場券ですが、子どもは自分のチケットがあることにプライドを持ち、少なくとも2万人以上の大人=両親を美術館に連れてきてくれました。

 三つ目は体験型作品には実際に触れることができ、それを楽しむことができること。フリーゾーンからプールの中をのぞくと水中に人がいるという作品は、有料ゾーンではその水中の人になることもできます。また、中央に池にみたてた水槽をはさんで、4つの半円形のテーブルが配置された「ピン=ポンド・テーブル」という作品では、水槽がネット代わりとなり実際にピンポンゲームが楽しめます。

 開館1年目の美術館の経済波及効果は328億円。美術館というのは金食い虫だと思っていた市民も、これで安心しました。

 子どもの時に美術館で学んだ経験を持つ大人は、必ず自分の子どもも連れて行きます。こうしたサイクルがごく自然に行われるようになることが、美術館を育て、また人の感性を育てるのだと思います。

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みの ゆたか 1965年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。1977年ハーバード大学文学博士号取得。アメリカとカナダの美術館で東洋部長を歴任後、1995年大阪市立美術館長。2004年、立ち上げから携わった金沢21世紀美術館の初代館長に就任、2005年より金沢市助役を兼務。2007年より現職。サザビーズ北米本社副会長。大阪市立美術館名誉館長

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ミニリサイタル
 ピアニスト 舘野 泉

3_3  ピアニスト舘野氏によるミニリサイタルを開催。「私たちのもとに生還した舘野泉さんに贈る」と彼の左手のために第一線で活躍する作曲家が作品献呈した曲などが演奏された。


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たての いずみ 1960年東京芸術大学を首席で卒業。1964年よりヘルシンキ在住。1968年メシアン・コンクール第2位。これまで世界各国で3000回を超えるコンサートを行う。1981年以降、フィンランド政府の終身芸術家給与を受け演奏活動に専念。2002年脳出血により右半身不随となるが、2004年左手のピアニストとして復帰。06年「左手の文庫(募金)」を設立

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4 ■パネルディスカッション 「アートのある生活 感性をみがく」
感性育てた出会いは何?
◆パネリスト 慶應義塾大学 環境情報学部教授 稲蔭 正彦氏
         金沢21世紀美術館 特任館長 蓑 豊氏
         ピアニスト 舘野 泉氏
◆コーディネーター
 慶應義塾大学 名誉教授 鷲見 洋一氏

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鷲見 今回のテーマには「感性をみがく」というサブタイトルがついていますが、みなさんは何と出会い、感性を育てられたのでしょう。

舘野 ピアニストというのは、手職人だと考えています。この手で音をなでて、広げて、だんだんに音ができてくる。そうして、「あっ、音をつかまえた」という感覚を持つ瞬間があるわけです。これは両手で弾いていた時も左手だけの今も基本的には同じです。自分のこの手が大好きであり、この手で何をつかまえることができるかが常に楽しみなのです。

 一番、自分が感動し目覚めたのは、中学生の頃、日本で初めてルーブル展が開催された際に上野の美術館に行き、そこでフランスの写実主義の画家クールベの「追われる鹿」という作品と出会った時です。絵画で心が動くのだということに対して強い衝撃を受け、これが今、子どもたちに同じような感動を与えてあげたいという思いにつながっています。

稲蔭 実は私は、大学で経済を学んだのです。しかし、マルクスもわからない経済学生で、気がついたら演劇の劇場に一晩中いる生活。そこである時、音響効果を手伝ってくれという依頼があり、雷の音をつくるなどしているうちに、時間を忘れて夢中になっている自分に気付いたのです。「時間を忘れる」ということは何なんだろう。人間はやはりそんな楽しさを見つけられるといいと思ったのです。 

5 手で音をつかまえる 舘野氏
絵で「心動く」に衝撃 蓑氏
演劇に時を忘れ夢中 稲蔭氏


鷲見 お三方とも、学校教育の現場での出会いについては触れられませんでした。日本のアート教育、感性教育をどうお考えですか。

稲蔭 振り返ると、小さい頃に何をやってきたかということは非常に大きいと思います。私は、一時アメリカで教育を受けたことがあり、そこでは好きなことをやっていると「すごいね」と言ってもらえ、どんどんやりたい気持ちにさせてくれた。すべてが満点でなくても、何か突出しているものがあれば、それをもっと伸ばそうという教育。音楽やモノをつくったりすることが好きな子どもは多いのに、音楽や工作の授業は好きではないというのが、日本の子どもからよく聞く話。もっと彼らが目を輝かせて音楽や美術に触れられる誘導の仕方ができないものかと、大学院でそれについて新しい技術も使いながら考えていこうとしています。

舘野 音楽を目指す場合は、音楽高校や音楽大学に入ることが圧倒的多数の道で、それに通るには決まった尺度があるわけです。コンクールも同じ。与えられた曲で他者を圧倒していかなければいけない。レールが決まっていて、もう少し面白いものがこちらにあるからという方向にはなかなか行きにくい。切磋琢磨(せっさたくま)されて良くなっているようだが、狭くて規格品のような人ができてしまう傾向は否定できない。ここにも何かうまい誘導の仕方が必要だと思います。

 それは美術でもまったく同じでしょう。少し質問からは離れますが、「誘導」の大切さというのは非常に大きなポイントですね。美術館で言えば、子どもを美術館に呼ぶのに、わざわざ作品を下げてみたり、説明書も大きな字で書いたりといった子どものための美術館にしてしまっていいか? いや、違う。大人はそんな美術館はバカらしくて行かないし、子どもも本来、常に成長したいと思っているわけで、金沢の場合、大人と同じ目線で見せて勇気やプライドを与えたから、親子で来てもらえる美術館になったと思うのです。

鷲見 では、美術館などの公共空間に足を運ばなくても、私的空間でアートを楽しむとしたら?

舘野 私は逆に、美術館に行くというのは、普段考えていることとちょっと違う視点でモノに触れられるということで、それが面白いし、大事なことだと思うのです。

 美術、音楽、映画、小説なんでもいいので、エンジョイして、それについてもっとみんなでカンバセーションして欲しいと思います。自分の子どもが将来、世界で活躍するのに、まず必要なのは語学だという親が多くいます。言葉はもちろん大事ですが、あくまでそれは道具。何より大事なのは、コミュニケーションを図れる内容を持っているかどうか。いつもいつもゴルフの話しかできないのでは、世界の人とコミュニケーションを図ることなど決してできませんから。

稲蔭 日本人は型どおりが好きな反面、型破りにもあこがれる。ようは何でも「型」にこだわりがあるわけです。そうではなくて、自分の目線で面白いと感じることを素直に実行すればいいと思うのです。例えば、イナバウアーがはやった時に、名古屋では海老がのけ反っている海老天ぷらそばをネットで見ましたが、これも非常に生活に密着したアート。創造社会では、こういった生活の中のちょっとした「なんちゃって」というクリエイティビティの一つひとつが大事になってきます。生活の中から出発して、会社の新規事業においても役立つと思います。それをどう生かしていくかの一つのヒントとして、四月から開設される「大学院KMD」にぜひ注意を向けていただきたいと思います。

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