2009/3/16 | 講演会の模様が、読売新聞に掲載されました。
(※この記事は、2008年6月21日付、読売新聞朝刊に掲載されたものです。)
インターネットの普及で様々なニュースが氾濫(はんらん)する今、ニュースを読み解く力を養ってもらおうと、慶應義塾創立150年記念講演会「学問のすゝめ21 ニュースという『知識』」(主催・慶應義塾、共催・読売新聞社)が7日、大阪市福島区の堂島リバーフォーラムで開かれた。約850人を前に、慶應大出身の3人の有識者が講演とパネル討論を行い、ニュースを「知識」として、どう発信し、どう受け止めるかについて、様々な角度から考察した。
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■講演 「ニュースと『政治』を見る視点」
報道の不作為注意
慶應大法学部教授・大石裕さん
ニュースの第一要件は新鮮な情報ということだ。今起きている問題が非常に重視され、常に新しいものを届けていく。それは受け手である一般の人たちがその問題や情報について飽きてしまうということの裏返しでもある。
また、視聴者とジャーナリストはニュースをつくる過程で互いに作用し、重要な問題を見落とすことが多々ある。
例えば水俣病では、おおよそ解決したとメディアが判断した1960年から68年までが停滞期で、様々な患者がいるのに、報道が著しく減った。
現在進行している様々な出来事の中に、本来、報道すべきこと、社会で共有すべきことが今もあるのではないか。「ジャーナリズムの不作為」というが、ニュースは世論を喚起し政治や社会を変える役割を果たす一方で、重要な問題の存在を見落としてしまう、忘れさせてしまう。
メディアの中の政治という視点も大切だ。ニュースの価値を決めるという判断は権力そのものだ。何をどう取り上げるのか、それが政治だ。
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おおいし・ゆたか 関西大などを経て現職。日本マス・コミュニケーション学会理事などを歴任。著書に「政治コミュニケーション」など。
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■講演 「ニュースの真偽」
真実の担保は多様性
フリージャーナリスト・財部誠一さん
私は日本の報道のあり方に疑問を持っている。どういうニュースが受けるか、これが最も優先的な価値に置き換わっている。
もっと構造的な問題は、情報源が限られている点だろう。すべての媒体が同じニュースを同じ質感で流す。情報源が同じだからそれが起こる。そういうニュースは疑った方がよい。みんなが同じことを平気で報じることにメディアは無感覚になっている。
ニュースの真実性を担保するのは多様性にある。米国では政府支援の番組がある一方で、そうでない番組もたくさんある。相反する情報が同時に存在する健全さがニュースの健全さをも担保している。
真実は一つだが、それを報じるのは至難の業。見る場所、見る視点によって違うものに見えてしまう。
だから違うものをたくさん見ることによって、その部分部分の真実を、違う視点で積み重ねることで真実の全体像を自分で作っていくことが、情報を受ける人間に最も大切なことだと思う。私はあえて色々なニュースを集めることに大変、意を砕いている。
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たからべ・せいいち 野村証券、出版社勤務を経てフリージャーナリストに。金融、経済問題に詳しく、テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍中。
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■講演 「ジャーナリストの夢と現実」
鳥観虫観、古典に学べ
読売新聞特別編集委員・橋本五郎さん
ジャーナリストにとって大切なものは何か。私は出来るだけ多角的にものを見なければならないということを、自らの戒めにしなければいけないと思う。簡略化して言えば、全体を見渡す「鳥の目」と細部を大事にする「虫の目」だ。
鳥の目の代表的な文学者は司馬遼太郎だろう。英雄たちが何をしようとしたのか、実に大きな角度で書いている。山本周五郎は典型的な虫の目の文学。歴史の年表に載るようなことよりも、一人ひとりの喜び、悲しみの方が大事なのだ。
両方を持つ数少ない人が塩野七生さん。『ローマ人の物語』を見ても歴史と人物の両方が描かれている。
鳥の目と虫の目を持ちながら、健全な相対主義を持つことも必要だ。片方が100%正しく、もう一方がゼロということはあり得ない。相手のことに耳を傾けるということだ。
もう一つ大事なことは、適度な懐疑論。それは自分を疑うという気持ちだ。
これらを身につけようとするなら、多くの人に話を聞く必要があるが、限界もある。限界を乗り越えるには、古典に学ぶしかない。
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はしもと・ごろう 読売新聞政治部長などを経て、2006年から特別編集委員。日本テレビ系の「ズームイン!!SUPER」に出演中。NHK中央放送番組審議会委員。
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■パネルディスカッション 「ニュースを読む力」
歴史、言葉軸に情報見極めを
3人の講演に続いて「ニュースを読む力」をテーマにパネルディスカッションが行われた。司会は、フリーキャスターの進藤晶子さん。
進藤 情報の真贋(しんがん)の見極め方はどのように身につければよいのか。
大石 情報を批判的に読み解く力のことをメディアリテラシーという。言うは易(やす)く、実際は大変で、日々、新聞を読み比べたりはなかなかできない。しかし、歴史的観点を取り入れると理解しやすい。歴史の本を読むと、日本が経験してきたこと、当時の指導者たちの考え、彼らがどのように社会を良くしようとしたことなどを知ることができる。歴史という縦軸で考えると、その力を養える。
橋本 全く同感。歴史なしに今はない。大学卒業時、「社会人になると本を読まなくなるが、興味ある問題について読書は続けなさい」と先生に言われた。読もうという気持ちが大切。自分が知らない世界があることが分かり、想像力を働かせることができる。
財部 全部の情報を信じないわけにはいかないし、いい情報も多くある。選別の基準として自分なりの歴史観を持つことが大事。
例えば、日本人は円高になると危ないと言うが、危険なのは円高ではなく、円高恐怖症だ。80年代にプラザ合意で円高が進み、バブルとなった。しかし、円が倍の価値を持ったことが日本人の豊かさの最大の理由で、海外どこでも行けるようになった。振り返ると通貨価値の意味が分かる。違う見方ができることを歴史に学ぶ姿勢が大切だ。
進藤 インタビューした多くの各界のトップランナーの方たちが、好きな本に歴史書を挙げた。それには深いわけがあることがわかった。
大石 もう一つ大事なのは、言葉。ある状況、出来事をどのような言葉で名づけて、意味づけるか、だ。和歌山県の天神崎で開発を防ぐため一帯の地域を市民が買い占めるナショナルトラスト運動が行われた。しかし、すぐ脇にリゾートマンションが立っていた。
現場を見た瞬間、これはもう少し違う角度で考えなくては、と思った。「リゾート」という言葉は沖縄やハワイなどを想起させる。地域の活性化になるという意味も込められている。その言葉に害され、批判力が失われる。歴史と同様、言葉に注目することも必要。
橋本 後期高齢者という言葉もそうだ。言葉がけしからんとなり、では、医療のあり方はこのままでいいのかという点はストップする。結局、自分の経験に頼るしかないと思う。私たちはもっと自分の生きてきた人生に自信を持っていい。それがメディアに対する批判の目につながると感じている。
財部 取材先で度々「福澤諭吉を勉強しろ」と言われてきた。今日も「学問のすゝめ」を読んでこようと思ったが読み切れなかった。そこに流れる、世の中が何と言おうが、「自分はこう考える」という姿勢は、自分のものにしていきたいと改めて思った。
大石 私がなぜメディアを研究しているかというと、メディアを通じてこの社会を知りたいからだ。社会を研究するということは、自分の考え方を相対化すること。この社会を考えて、自分をよりよく知るために研究している。
進藤 私も「自分の考えはこうだ」と言い切れるようになりたいと強く感じた。皆さんのアドバイスを心に留めて今後もニュースに付き合っていきたい。