2008/4/24 | 講演会の模様が、静岡新聞に掲載されました。
「世界の中で日本の外交を考える」
(※この記事は、2008年2月24日付、静岡新聞朝刊に掲載されたものです。)
今年創立150年を迎える慶應義塾は、記念講演会「学問のすゝめ21」を全国13ケ所で開催しています。この講演会は現代社会が抱えるさまざまな問題や課題をテーマとし、参加者に「学び」の楽しさを実感していただくことを目指しています。静岡では先月19日、静岡市葵区の同市民文化会館において「世界の中で日本の外交を考える」というテーマで開催いたしました。(静岡新聞社・静岡放送共催)
慶應義塾大学総合政策学部長・阿川尚之氏、同大学東アジア研究所所長・添谷芳秀氏、ジャーナリストの嶌信彦氏がそれぞれ講演。続いて、明治大学情報コミュニケーション学部准教授・牛尾奈緒美氏をコーディネーターに迎え、パネルディスカッションが行われました。
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■講演 「日米同盟と海上自衛隊の役割」
海から世界平和に貢献する
慶應義塾大学 総合政策学部長 阿川尚之氏
2007年は海上自衛隊始まって以来というほど、国民の関心や興味を引いた年でした。夏の参院選で与野党勢力が逆転し、テロ対策特別措置法が11月1日に失効しました。日本のインド洋における海上給油活動が中断となったわけです。この海上給油活動は、あの9・11同時多発テロに端を発したテロ対策の一環であり、テロリストおよびその支援勢力の活動を封じ込めるために、インド洋上でパトロールを行っている有志連合11カ国の艦船に対して、わが国憲法の枠内において行う活動です。その活動がいったん中止となり、今年になって衆議院で新テロ特措法が再可決され、再び我が海上補給艦がインド洋上の任務にカムバックしたことは、日米同盟のみならず、国際関係においても、国内問題としても、たいへん重要な意味を持っています。
さて、日本の安全保障の基軸である日米同盟ですが、歴史的に見ても日米関係の重要な節目には常に海軍が登場しています。ペリー提督が初めて江戸湾に現れたのが1853年でした。黒船はもちろん米海軍の艦船です。翌年には日米友好和親条約が結ばれ、1860年に日米修好通商条約批准書交換を目的とする幕府遣米使節団に随伴し、日本海軍の「咸臨丸」が初めて太平洋を渡って米国に行きました。さらに、1908年には米海軍が友好と威嚇をかねて大艦隊の世界一周に乗り出しますが、このとき日本は国を挙げて大艦隊を歓待しています。その後両国は不幸な時代に突入し、41年の帝国海軍連合艦隊による真珠湾攻撃で開戦。そして45年9月、米海軍のミズーリ号艦上での降伏文書調印により、日米関係は新たな時代に入ったのです。
その後、冷戦勃発で国際情勢は一変し、終戦から7年後の52年には米国から小さなフリゲート艦の供与を受け、海上警備隊が発足しました。そして81年には本格的日米防衛協力時代に入り、海上自衛隊も対ソ抑止の一翼を担うようになりました。リムパック合同演習などへの参加を通じ米海軍との関係をさらに深めています。96年からは日米安保共同宣言を受け、新ガイドライン、周辺事態法制定と、日本が地域の平和と安定に貢献するための法整備が着々と進められてきました。先に触れたテロ特措法に基づく活動も、その大きな流れの一環であります。
では、現在の海上自衛隊の規模はどのようなものでしょうか。昨年度の防衛白書によれば、ロシアや中国、英国よりも小さく、フランスと同程度です。しかしその中身は最新鋭のミサイル護衛艦・イージス艦を6隻保有するなど、世界屈指の能力を有しています。しかも同盟国アメリカの第7艦隊と協力関係を保ち、憲法に基づく限られた軍事力を補っています。海上自衛隊と米海軍は「盾と矛」の関係にあり、西太平洋における海軍兵力の圧倒的優位を維持しつつ、本土防衛、抑止力の保持、シーレーンの安全のために活動しているのです。
その上で、これからの海上自衛隊に求められるものといえば、精強な海上防衛能力に加え、ソフトパワーとしての海軍力の活用でしょう。ODAなど経済力による貢献とともに、海から世界の安全に貢献する道に進むべきか否か、いま日本国民の意思が問われているのです。
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あがわ・なおゆき 慶應義塾大学法学部政治学科中退、米国ジョージタウン大学スクール・オブ・フォーリン・サービス、ジョージタウン大学ロースクール卒業。米国の法律事務所、西村総合法律事務所などを経て、慶應義塾大学総合政策学部教授に就任。アメリカ合衆国日本国大使館公使を務めた後、2005年慶應義塾大学教授に復職、07年総合政策学部長。海上自衛隊練習艦隊旗艦「かしま」名誉艦長も歴任。近著に『マサチューセッツ通り2520番地』(講談社)。
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■講演 「東アジア情勢と日本の近隣外交―自画像の揺れをどう正すか」
世界との共生をデザイン
慶應義塾大学 法学部教授 添谷芳秀氏
これからの東アジア情勢と日本の近隣外交、日米同盟のあり方について考えるとき、過去の政治・外交の節目で、日本人独特の精神構造がどう働き、政策決定にどう影響を与えてきたかを考察したいと思います。
幕末の志士たちは、尊王攘夷を掲げて開国派の薩長連合と戦い、最後は死に場所を求めて函館・五稜郭の決戦に突入していきました。尊王攘夷とは、いわば変化を否定する姿勢でした。また彼らの思想と行動原理は「義と忠」に殉ずるというものであります。
国際社会を生きる上では、この考え方は通用しません。実際1930年代から第二次大戦にかけて日本のとった行動は、世界と決定的に対立しました。だからといって、日本人固有の精神文化に基づく価値観を捨て去る必要はありません。日本の独自性を保ちつつ、いかに意味のある外交を行っていくか、世界との共生をいかにデザインしていくかということを、私たちは考えていかなければならないのです。
よく「日本に戦略はあるのか」という話が出ます。戦略とは目的と手段の適切な組み合わせであり、できることとできないことを広い視野から検討し、自分の「立ち位置」を決めることです。その意味で、日本が戦略を持てない理由は戦後体制の出発点にあったと私は考えます。
戦後、吉田首相は平和憲法と日米安保をセットで日本外交の基盤に置きました。平和憲法は一切の武力を放棄し、国際的紛争の解決を国連にゆだねることが前提です。ところが1947年に始まった冷戦で、国連中心という前提は早くも崩壊しました。この状況を「戦争に負けても外交で勝つ好機」ととらえた吉田首相は、改憲を選択せず、国連に変わる平和維持システムとして、日米安保条約を結んだのです。
これに対して日本のナショナリズムは右と左に分裂しました。日本の独立性を縛る憲法も安全保障を米国に依存する安保もけしからんという右派と、平和憲法こそ日本のバイブルであり安保を廃止して非武装中立を貫けと叫ぶ、左のナショナリズムです。
右と左のはさみ撃ちにあった政府は、本来両立すべくもない憲法と安保を外交の基軸とする矛盾には目をつむってきました。ときにわかりにくい屁理屈を使いながら、その場しのぎの憲法解釈で外交を続けてきた状況を、「知的アクロバット」と揶揄(やゆ)する学者もいます。
今後、日本は国際社会においてどう振る舞うべきでしょうか。独りよがりの自立自尊は歴史をひもとくまでもなく自滅への道であり、国際社会への依存を前提にした共生が、現実に日本のとりうる唯一の道でしょう。近隣諸国の潜在的脅威を声高に責めるのでなく、その国の市民社会との多元的関係を地道に築き発展させる道こそ、突発的な全面衝突を避け共存共栄を図る現実的な戦略です。それを実行していくのが政府の責任であり、私たち一人ひとりの投票行動で動きを促進させるしかないのです。
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そえや・よしひで 慶應義塾大学東アジア研究所所長・同大学法学部教授。専門は、東アジアの国際政治および日本外交と日本の対外関係。上智大学外国語学部卒、同大学大学院で国際関係論専攻修士課程を修了後、米国ミシガン大学にて国際政治学の博士号を取得。現荏、日本国際政治学会評議員、アジア政経学会評議員、防衛省防衛施設中央審議会委員、経産省産業構造審議会地球環境小委員会委員等も務める。近著に『日本の「ミドルパワー」外交』(ちくま新書)。
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■講演 「世界の中のクール・ジャパン-再成長のエンジンに」
再成長への国家的構想力を
ジャーナリスト 嶌信彦氏
最近の日本は、株の値下がり、膨大な財政赤字、貯蓄率の低下など、どうも暗い話が多いですね。今日は、日本も捨てたものじゃないぞ、という思いを述べてみます。
21世紀に入って、日本は外国からよく「クール・ジャパン」という言われ方をするようになりました。ここでいうクールは、涼しいとか冷静とかではなく「かっこいい」という意味です。日本はたしかに経済は弱くなってきたかもしれないが、日本はクールじゃないか、かっこいいじゃないか、と米国の外交専門誌が取り上げたのが最初だと思います。
まず、日本のアニメ、コミック、ゲームが、世界中でブームになっています。それらはコンテンツ産業と呼ばれる一大産業であり、日本だけで15~16兆円、アメリカの場合は60兆円という大変な規模に成長しています。この巨大ビジネスの先頭を走っているのが日本なのです。ただ、中国をはじめ欧米諸国も、コンテンツ産業育成を国家戦略と位置づけ、猛烈に追い上げていますから、日本もうかうかしていられません。
そして、日本食も「クール」です。ミシュランの東京版に象徴されるように、和食は世界が認める素晴らしい文化ですが、料理だけでは戦略的産業にはなり得ません。最近では和食の食材や日本の農水産品まで注目されだしています。コシヒカリなどのブランド米はもちろん、ミカン、イチゴ、ワサビ、緑茶、マグロ、カツオなど、日本国内よりはるかに高い値段で飛ぶように売れています。いまでは各県のJAがアジアや欧米に販路を求めてどんどん進出しています。
農水省は今でも保護政策一辺倒で、日本の農業や漁業を輸出産業に育てる戦略はないようです。現在、日本の食糧自給率はカロリーベースで40%しかありません。言い換えれば60%も外国に奪われているということです。本気になれば、これを奪い返すのも夢ではないのです。
ファッション産業も「クール」です。昨年の「パリコレ」では、日本のキモノテーストを取り入れた作品が非常に目立ちました。新繊維も含めて、日本の素材も圧倒的に優れている。世界で活躍する日本人デザイナーも多くなりました。そこが「クール」なのです。ただし、世界的なコレクション、すなわち情報発信する場は非常に少ないのです。ここでもブランドを作る日本の戦略のなさが、せっかくのチャンスを奪っていると思わざるを得ません。
ほかにも日本の観光資源、スポーツ文化、環境技術など、たくさんの「クール」が日本にはあります。それを「日本固有の文化」から「世界のスタンダード」へと育てていくのです。そして日本が再び経済成長するための「エンジン」に仕立てていくことが重要です。たくさんの「クール」を経済戦略として積み重ねれば、経済効果として軽く40兆円~50兆円を生み出す潜在力が「クール・ジャパン」にはあります。それを生かす戦略、構想力こそが、いま日本にいちばん求められているのです。
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しま・のぶひこ 慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。秋田支局、東京本社経済部を経て1981年にワシントン特派員となり、サミットをはじめIMF、ガットなどの国際会議を取材。1983年には米ミシガン州フリント市の名誉市民となる。1987年毎日新聞社退社後はフリージャーナリストとして活躍。現在は白鴎大学経営学部教授の傍ら、内閣「行政減量・効率化有識者会議」、国土交通省「独立行政法人評価委員会」の各委員など要職多数。主な著書は「首脳外交一先進国サミットの裏面史」(文春新書)ほか。
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■パネルディスカッション 「世界の中で日本の外交を考える」
◆パネリスト 阿川尚之氏
添谷芳秀氏
嶌信彦氏
◆コーディネーター
明治大学情報コミュニケーション学部准教授 牛尾奈緒美氏
うしお・なおみ 静岡市清水区出身。静岡隻葉高校卒業。慶應義塾大学文学部卒業後、フジテレビジョンに入社しアナウンサーとして活躍。退社後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科に進学、MBA取得後、98年同大学大学院商学研究科博士課程卒業。同年、明治大学専任講師に就任。2003年准教授就任、現在に至る。専門は経営学、人的資源管理論。企業における女性の能力活用問題を中心に調査研究を行う。近著に『人事管理一人事制度とキャリア・デザイン』(共著:学文社)など。
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牛尾 本日は、日米同盟、東アジア問題、クール・ジャパンをテーマにそれぞれご講演いただきました。ここからは各テーマについて、ご講演者以外の方のご意見を伺ってまいります。まず、日米関係について米国から見た日本の魅力、信頼関係をどのようにお考えでしょうか。
添谷 日本との同盟が重要な時期であるのに、公の説明と日本と防衛協力に当たる現場の論理が必ずしも一致しない点に問題があります。世界の安定と平和のために経済大国としての日本が応分の責任を米国とともに果たす役割は大きいといいますが、実際日本は米国のグローバルな軍事戦略のなかで一部地域を担うサブシステムとして考えられていると思います。ハワイ沖でのミサイル迎撃訓練に関して、米国の技術を日本の海上自衛隊が操作しミサイル発射情報を米国から提供されることが前提となっています。日米関係が政治的な争点にならなければ順調といえますが、本質的に不平等な関係であり、これが政治問題化すると一時的にぎくしゃくし、しばらくするともとのさやに納まるというパターンがあります。
日本が独自に自立戦略を描けたときに日本の利益のために「米国を使う」という発想が大切であり、米国依存の構造を前提にしたうえで、日本の自画像と日米関係の適正な役割を考えることが重要だと思います。米国の使い方が日米関係を対等にしていく上で基本的な考え方になると思います。
牛尾 米国を日本のために上手に使っていく関係といいますと。
阿川 米国人は日本をかなり好意的に見ています。外務省の昨年の調査では、「日本人は信頼できる友邦である」と応えた米国人は一般人が74%、有識者が91%で、「日米協力は極めて良好、良好」とする回答率は一般人67%、有識者86%となり、いずれも過去最高です。逆に日本人は米国を素直に受け入れる気持ちが必ずしもないようですが、米国人は日本を高くかっていることが分かります。ウォルフォビッツというブッシュ政権の国防次官が「日本に来るとほっとする。テロもないしお寿司もおいしい。優れた国」と評価していました。これは9・11以降、日本が米国の立場に立って、いろいろ反対があったものの、小泉政権のもと米国の対テ戦争やイラク開戦もあえて支持したこと、そして米国人がそれに恩義を感じてここまできていることを、我々は忘れてはならないと思います。
米国は現在、世界中の危機に対応できるほぼ唯一の国です。NATO(北大西洋条約機構)でさえ、地域の安全保障システムでしかない。日米同盟も東アジア・西太平洋の安保システムとして、うまく機能してきました。しかし万が一このシステムが機能不全に陥ったら、米国は別の国と別のシステムを構築するかもしれない。そんな事態を避けるために、日本は何をすればいいのか、考えねばなりません。
冷戦中は米国にとって、日本の戦略的価値が明白でした。ところが冷戦後そうでなくなり、日米同盟は固定相場制から変動相場制に移行したといってよいでしょう。米国は日本が何をするかを見て、同盟の価値を日々判断します。米国が日本の同盟国としての行動を評価すれば、日本の対米発言力も高まります。小泉総理が同時多発テロ事件においてアメリカを支持しインド洋への海自艦艇派遣という具体的な行動を取ったからこそ、イラク開戦に際しても国連の承認を得るよう強く進言できたのです。
添谷 小泉さんは米国をうまく使いました。当時のブッシュ政権の北朝鮮政策は原理主義的で一切相手にしませんでした。日本が独自にアプローチしようとしたら米国の高官が「日本は何するつもりか」と立腹したのですが、ブッシュ大統領は「小泉がやるのだから、やらせてみよう」となって矛先を収めたことがあります。阿川さん、日米同盟に代わる安全保障システムはあるのでしょうか。
阿川 日本の安全保障問題と真剣に取り組む人は、米国と組む以外道はないことをよく理解しています。米国から見ても、装備が新しく、将兵の士気と練度が高く、信頼に足る陸海空の防衛力を有する国は多くありません。それでは50年余にわたり継続してきた日米安保が、今後さらに50年もつのか。私はもつと考えます。ただし日本が米国のジュニア・パートナーであり続けるのを受忍し、日米を取り巻く国際環境が変化しない。それが前提です。たとえば中国が本格的に民主化し軍備拡張をやめれば、日米安保の意味は根本的に変わるでしょう。しかし当分の間、そのようなことは起こりそうにありません。もう一つの前提は、日本が引き続き米国にとって頼りになる存在であること。そうでなければ、米国は考えを変えるかもしれません。
牛尾 この先世界の枠組み、パラダイムが変わってしまったらと考えると怖いですね。折しも今年は米国大統領選挙、ロシア大統領選挙、台湾総統選挙など大きなリーダー交代劇が見込まれる年です。世界が変わる今、アジアの中で日本は今後どのような役割を果たしていけば良いのでしょうか。
嶌 米国の一極支配が終わりを告げ始め、イスラム、ロシア、中国、EUの力が相対的に強まっている中で、日本はどう自立すべきかを考える時代でしょう。米国という大国に相互依存しながら自主性をどうやって貫くか、また大国をいかに利用すべきかが問題で、国民が世界観を持って考えることが求められます。フィンランドは第二次世界大戦でロシア、ドイツに相次いで占領され両方から挟み撃ちにあって、かなりの領土を奪われ男性が大量に死亡しました。
その国が今、世界で一、二を争う競争力を持ち国際外交の中でも活躍している原因の一つに女性の社会進出が考えられます。国会議員の半分近くは女性で大統領も女性という国は教育に大きな力を注いできました。世界でトップ水準の教育を確立し、高福祉国家をつくり上げた背景には国民の知恵や考える力が影響したと思います。日本も国民自体がものをきちんと考える力を身に付けないと、国の行く末を誤る可能性が出てきます。
日中貿易が日米貿易額を上回ったことを考えると、10年、15年先、日本の貿易は「日本海時代」が来ると思います。現在、中国の大連だけでも日本企業が3千社もあり、日本からさまざまな製品・物資を運んでいます。大統領選で米国に女性大統領か黒人系大統領が誕生することになれば日米関係は大きく変化するかもしれません。かつて日本商工会議所元会頭の五島昇氏は「とっくり外交」の効用を盛んにいいました。経済界の会合でとっくりを持って席を回り、そこで苦情を聞いたりしてみんなの考え方を吸収するのが名幹事で、日本はアジアの名幹事として各国を足繁く回り、そこで得た情報や知恵を活用していくことが重要です。
「世界に通用する日本の文化力」 阿川尚之氏
「日本の利益のために米国を使おう」 添谷芳秀氏
「アジア貿易は『日本海時代』に」 嶌信彦氏
「一味違う魅力ある国を発信」 牛尾奈緒美氏
牛尾 アジアとの外交は歴史問題など、影の部分も見え隠れしますが。
阿川 経済・政治両面でアジアの重要性が増しています。しかしアジアかアメリカかという議論はもう古い。かつて米国企業は日本企業を相手取り、輸入増大に対して盛んに提訴しました。今は米国で活動する日本企業が、中国で生産し輸出する米系企業を提訴するなど、複雑です。中国の相対的地位が上がっても、米国に取って代わるわけではない。複眼的、長期的に、アジアを見ていく必要があります。
添谷 中国は大きな国内問題を抱え経済もバブルと見られています。右肩上がりの成長が止まった後の社会的秩序の影響を中国指導者は最も心配しているのですが、当面国内問題を優先し対外関係の安定を維持するために穏健なアジア外交を展開していると考えています。台湾問題が大きくなると中国にとって国際環境を損なう危険性を秘めていますので、米国に対して独立派へ圧力をかけるよう要請しています。イラク開戦問題で米国はこれから何らかの軌道修正を図るとみられ、中東問題をはじめ多くの難問を抱えた米国は外交的エネルギーを諸問題に傾注せざるを得ないという前提は新政権になっても変わりようがありません。そこで中国との関係を荒立てたくない事情は米国側にもあり、一見安定してみえる米中関係の現状が現実として浮かび、お互いが抱える全く違った問題に全力で対応するため、両国関係を安定させている利得計算があります。
中国指導者はバブル崩壊後がもたらす社会問題と政治問題を認識し、この大きな問題を内包した時点で対外関係を安定させる戦略的な機軸にようやく対日政策も入ってきたので日本はこれを利用した対中外交を行うべきです。中長期的には中国が混乱するシナリオを想定した中国政策を考慮し、歴史問題をめぐる認識が多元化し、市民レベルで反日意識が台頭しないような戦略的なアプローチを考えるべきではないでしょうか。そのために立場の違う日本人同士がまず、中国、韓国を一切口にしないで歴史問題の議論を進めるべきだと思います。一方、李明博(イ・ミョンバク)政権と福田政権の誕生は韓国と日本にとって好ましい政治環境になったといえます。
牛尾 アジアとの関係を深めていくのに適した時期が来たと言えますね。国対国、首脳対首脳の外交には難しさもありますが、企業対企業、個人対個人といった民間レベルでの国境を越えた交流も立派な外交だと思います。その点、クール・ジャパンのように日本の良いイメージを海外に向けて発信することがこれからますます重要になってくるのではないでしょうか。
阿川 2002年から2005年まで在米日本大使館で広報文化公使として、パブリック・ディプロマシー、文化外交を担当しました。米国各地で、知識人、大学生、軍人などに、日本のよさを伝えようと努力しました。そんな時、日本の底力はまだまだあるなと感じました。9・11事件以降、同盟国日本の支援に感謝すると同時に、米国人は日本が優れた文化を有す尊敬できる国と認識しています。日本人はディーセンシー(上品さ、まっとうさ)を持つ、きちんとした人たちだと、評価しています。ですから日本と日本人の文化力は、大いに世界で通用すると思います。
嶌 日本には底力はあるのだけれど戦略的に展開していないのが問題。それはルールをつくる力に欠けているからです。東京オリンピックのバレーで日本が優勝した後、オーバーネットをとられて負けたソ連(当時)の提唱でオーバーネットが反則でなくなり、その後レシーブは手のひらで受けるというルールも、どこで受けても良くなるなどスポーツ界で常にルールを変えられてきました。日本の金融機関が負けているのは、ビッグバンで金融ルールを変えられたからで、環境問題でも二酸化炭素の排出権ルールをヨーロッパ・米国連合にやられて日本が不利になるのではないかと懸念しています。このルール変更の構想力が世界の中で欠かせないのです。
世界でイギリスに存在感があるのはイギリス人に言わせると「イギリスは世界をマネジメントした経験がある」、「そのおかげで情報収集力がある」、「英語を世界の言語のインフラにした」、「オクスフォード、ケンブリッジなど学問がある」といいました。
阿川 海軍もあります。
嶌 そう。イギリスは海洋国家といわれ、日本は島国国家といわれ、世界はおろかアジアをマネジメントしたこともない、情報収集能力もあまりない、大学も世界ランキングで100番台が多いが、日本はいろいろな面で有利な部分を多く持っているので、情報をまとめ上げて構想力につなげ、世界標準を構想するシンクタンクをつくることが求められています。
慶應出身の経済人、政治家、文化人が情報を持ち寄って、それを構想力に仕立て上げるシンクタンクを慶應に創設してほしいと痛感します。
牛尾 日本には外交を支えるのに十分なポテンシャルが多々あるので、これを上手に発信していくことが必要で、大国ではないけれど一味違う魅力ある国として世界の国々と有効な外交関係を築いていけるといいですね。