2009/3/10 | 講演会の模様が、四國新聞に掲載されました。
(※この記事は、2008年6月27日付、四國新聞朝刊に掲載されたものです。)
混迷日本の行方探る
慶應義塾創立150年を祝う記念講演会「学問のすゝめ21」(慶應義塾主催、四国新聞社共催)が5月25日、高松市のサンポートホール高松で開かれた。講演会では、小泉内閣で経済財政政策担当大臣を務めた竹中平蔵氏、鳥取県知事を2期務めた片山善博氏、小林良彰氏の同大の現役教授3人が登壇し、日本の政治、経済、地方分権などをテーマに講演。続いて、「日本の政治経済を考える」と題した鼎談[ていだん]が催され、約1350人の参加者は熱心に耳を傾けた。
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■講演 「日本政治の行方」
有権者不在のゲームに
小林 良彰氏 (法学部教授)
今の政治的な混乱は、二つの選挙結果が大きく違ったことに起因している。2005年の前回衆議院選挙は自民党が大勝したが、去年の参議院選挙では大敗した。同じ有権者がまったく違う結果を下したのは、内閣の出来方が違うからだ。衆議院が大勝したときの小泉内閣は自民党内の少数派だったため、党の外に目を向け国民の高い支持率で政権を引っ張っていくやり方をした。それに対して党内の圧倒的な支持があった安倍内閣は、党内に目を向けて「戦後レジームからの脱却」ということで、第二次大戦後にGHQがやってきたことをもう一回見直していこうとした。政治家として自分の主義主張を実行しようとしたことは分かるが、国民の関心との間にずれがあったことに問題があった。
選挙のときの投票行動は、政治改革前の中選挙区制選挙では支持政党で決まっていた。ところが、改革後の小選挙区制選挙では、内閣支持率が投票行動につながるようになった。党のリーダーが重要なファクターになったといえる。郵政民営化が争点になった選挙でも、一見政策により選挙結果が決まったように見えて、実は内閣支持率で決まったといえる。
政治改革以後、有権者の選択肢が非常に狭まってきた。それは、中選挙区制から小選挙区制に変わって、候補者の政策が非常に近づいてきたからだ。今の自民党と民主党の政策には、かつての自由民主党と日本社会党ほどの違いはない。
また、政策と民意がずれてきている。中選挙区制では、保守的な政策、中道的な政策、革新的な政策がそれぞれあったわけだが、今は中道的な政策が多いため、どうしても民意とずれてくる。その結果、内閣支持による投票が行われている。
今後の選挙では、もし自民党が大勝すれば政界再編が行われるかもしれない。一番可能性が高いと言われているのは、過半数は取るが3分の2は取れないケース。そうなると政治は本当に停滞するだろう。一方、負けてしまえば、参議院ではすでに過半数を占めているため政権交代ということになる。私には、どうみても有権者不在の政治ゲームをやっているようにしか思えない。
福沢諭吉は150年前、自分たちで声を上げ、自分たちで行動する市民を生み出すために慶應義塾を作った。そこで学んだものは、一人ひとりの市民として、それぞれの場所で声を上げ、行動していただきたい。政治であれ、政策であれ、我々自身の問題として考え、議論し、行動することで、我々の意に沿うものに近づけていく必要があると思う。
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こばやし・よしあき 1954年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了、法学博士。同大学助教授を経て、現在、慶應義塾大学法学部教授・同大学多文化市民意識研究センター長。独自の世論調査による選挙行動の計量分析で知られる。
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■講演 「地方分権改革は進んだか」
住民主体の仕組み必要
片山 善博氏 (法学部教授)
これまでさまざまな地方分権改革が進められてきたが、その改革はある程度進んでいるといえる。財源について実施された三位一体改革も、地方の自治体にとってはかなり財源が減ったことはあるにせよ、一般財源、自由に使えるお金が増えたのでその分は評価しなければいけない。これは、皆さんの選んだ自治体の首長や議会議員などが判断して予算を組める余地が増えたことを意味する。ところが、そのことによって自治体の財政と民意とのずれがなくなり、無駄がなくなり、満足度の高いものになったかというと、住民はまったく実感できていない。これが、これまで進めてきた地方分権改革の現状だ。地方分権改革が進んだという以上、住民が改革の成果を実感できなければ成功したとはいえない。現状では、どこかで遮断されているということだ。
これまでの改革は、住民抜きの改革だったことが大きな特徴だ。地方分権改革の一環として行われた三位一体改革によって、国が持っている権限や税源が首長や自治体へ移譲され、特に首長の権限や自治体のお金の使い道の自由度は強くなった。ところが、その首長を主権者である住民がチェックやコントロールをする仕組みが何も変っていない。これからは、自治体と住民の関係を変えることが大きな課題になってくる。
自治体の首長は確かに住民が選挙で選んでいるが、その考え方がずれていたら住民の手で首長を交代させたり、政策に関しておかしいと思うならば変えさせたりする仕組みが作動するようにしなければいけない。そうでなければ、本当の主権者である住民の権限が形骸化して、具体的には何も行使できないことになりかねない。このことが地方分権を進めていく上での大きな課題だと思う。
今の自治体の財政は非常に苦しい。夕張市のように破綻している例もあるが、夕張市は決して例外ではなく、夕張市ほどではないにせよ似たり寄ったりの自治体は多い。結局、住民が蚊帳の外に置かれたまま、国や県、市町村長、議会がものごとを決めるなかで自治体の財政は疲弊してきている。
このような財政破綻を防ぐためには、住民の意思が反映できる仕組みを作らなければならない。自治体が大きな事業を行う時には、その是非を住民投票で決める。そういう仕組みがあれば、夕張市もあのような状態にはなっていなかったと思う。
住民投票なんか面倒くさいという人も中にはいるが、最後のところは住民が判断権を持つ。この地方自治における一番の原理原則をもう一度再確認することが大事ではないか。
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かたやま・よしひろ 1951年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。能代税務署長、自治大臣秘書官、自治省固定資産税課長などを経て、1999年4月から鳥取県知事を2期務め、自治体改革を現場で実践する。現在、慶應義塾大学法学部教授。
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■講演 「日本経済の改革のこれから」
期待持てる成長戦略を
竹中 平蔵氏 (大学院メディアデザイン研究科教授)
韓国ではセブン・フォア・セブンということが言われている。7%成長を目指し一人当たりの所得を四万ドルにするというものだ。韓国の一人当たり国民所得は1995年に1万ドルを超え、去年2万ドルになった。毎年7%成長すれば10年後には4万ドルになる。このまま過去10年間と同じことが韓国と日本に起きたら、韓国の一人当たり所得は日本を追い越す。アメリカや中国の経済がすごいと言われるが、実はお隣の韓国でこんなことが起きている。私達は凄まじい世界の経済競争の中に置かれているということだ。
去年の参議院選挙で残念だったのは、成長を高めるために具体的に何をするのかという戦略的アジェンダが示されないまま、ああいう結果が出たことだ。戦略的アジェンダを示し、それをリーダーが国民に訴え、国民の支持を取り付けられれば、日本の経済は2005年のときと同様、一年間で株価を30%、40%上げることも決して不可能ではない。戦略的アジェンダは、国民から見て見えやすく、分かりやすくなければならない。また、わくわく感、期待感が持てるものでなければならない。
私が考えたアジェンダを三つだけ挙げる。第一に羽田空港を2倍に拡張し、24時間国際空港にする。東京のアジア・太平洋における位置は一気に変わるのではないか。第二に法人税を引き下げる。今すぐできないのなら引き下げができるスーパー特区を作る。これをやれば経済全体の活性化、地域経済の活性化にもつながる。第三に、東京大学を民営化する。東京大学は日本で一番たくさんお金を使っているが、世界の大学ランキングでは17位。せめて世界のトップ5には入ってもらいたい。トップ5に入れるためには、文部科学省の制約から解き放つことが一番。国立大学には独立法人としての運営交付金が出ているがこれを止め、代わりに同じ金額を競争的研究資金として使えばいい。良いプロジェクトには出す、良くないプロジェクトには出さないという形で競争力をつけてもらう。
もちろん地域経済も活性化しなければならない。地域経済活性化の基本は、一つは徹底的な地方分権を行うこと。もう一つは農業の徹底的な改革だ。農地法の改正と農協の抜本改革が大切だ。つまり構造改革をしたから地域が不満を持っていると言われるが、構造改革が地方において進んでいないからこそ、地方経済がなかなか活性化できず不満が高まっているというのが客観的な事実ではないか。
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たけなか・へいぞう 1951年和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒業、経済学博士。2001年4月から06年9月まで小泉内閣の経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。08年4月より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
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■講演者による鼎談 「日本の政治経済を考える」
小林 後期高齢者医療の問題は、非常に身近な問題であると同時に非常に分かりにくい。この問題をどうお考えか。
片山 後期高齢者医療制度は市町村が扱うことになったのだが、市町村では単位が小さくて保険制度はできない。それで市町村が集まって県単位で広域連合を作ることになった。
この制度は、75歳以上の人と65歳以上で希望する障害者という弱い立場の人たちを対象にした医療保険制度。この制度は、国民健康保険制度を維持するのが大変だから何とかしたいという善意から改革が始まったのだが、その善意を実行するために高齢者を別枠にした。そもそも国民健康保険は、お年寄りを含む国民のためのもの。その国民健康保険制度を改善しようとして、肝心の高齢者を排除してしまったのが真相だ。ピントがずれていたというか、ミッションを間違えたからこんなことになったのだと思う。
小林 広域連合の場合はどういう形で民意を伝えることができるのか。
片山 広域連合も自治体であり連合長というトップがいるが、選挙ではなく市町村長の中から選ぶ。議会があり議員もいるが、住民が選挙で選ぶわけではないので何か言おうにも取っ掛かりがない。
小林 心配なのは、負担面で地域間に格差が出ること。全国一律ではやれないのか。
竹中 後期高齢者医療制度は自己負担を上げないで保険料を上げている。保険料を上げたって医療費は減らない。それを修正するのなら、保険料ではなく自己負担を上げる。そうすれば全体の負担が減る。ただし、人口が減っていく中でいくつかの県は将来的には維持できない。抜本的に見直しをしていかないと問題は決着しない。
竹中氏 道州制導入へ分権徹底を
片山氏 ピントずれた高齢者医療
小林氏 地方に求められる独立心
小林 道州になっても大きな格差が出る。地域経済をどう活性化するかを議論しなければいけない。何か秘策のようなものはないか。
竹中 地方にはもっと強くなれるものが必ずある。その代表が文化、観光、産業だ。1970年代の初め頃までは観光で海外に出て行く人よりも、入ってくる人の方が多かった。それだけ観光資源を持っているにもかかわらず、より強くする努力をしていないのだと思う。四国のもてなしの心、おいしい食文化でも人を呼び込むための大きな潜在力はあるのでそれをいくつか組み合わせていく必要がある。
小林 片山先生、知事のご経験も含めて地域経済活性化の対策はいかがか。
片山 格差をつけられた地域の一つの特徴は、地域経済の官依存体。官依存体質の強い地域ほど地域経済のダメージが大きい。もう一つは下請け構造が強いこと。スマイルカーブという言葉があるが、川上部門のデザインや企画開発などは収益が高い。川下部門のマーケティングや販売、広告宣伝とかの収益も高い。川中部門の加工組み立てが下請けで、働いても働いても収益が低い。下請けから脱却するためには知的財産権や開発力、企画力、デザイン力などをつけなければならない。
小林 道州制の行方や課題について片山先生はどうお考えか。
片山 道州制は何のためにあるのかを抑えなければいけない。単に政府が、今の47都道府県では数が多すぎて交付税も多いから一まとめにしようというのであれば止めたほうがいい。政府自身がもっと身軽に、機敏に行動できるようにするために、もっと重要なことに専念できるようにするために仕事も権限も引き取ってくれとなり、その受け皿として道州制にしようというのなら、私は大いに検討したらいいと思う。
小林 あるべき道州制の姿、そのことが日本の将来の展望にどうつながっていくのか。
竹中 道州制の前にどうしてもやらなければいけないのが分権一括法の見直しだ。今の地方分権の本質的な問題は、一つのサービスが国の仕事か地方の仕事かよく分からないことにある。国の仕事なら国が徹底して全部やる、地方の仕事なら全部地方に任せて代わり権限も全部地方に与える。これが分権だと思う。分権一括法をやった上で最終的には道州制が必要になる。
小林 今地方に何が求められているのか、特に四国に求められているものが何なのか。
竹中 いかに起業家精神を発揮していくかにかかっている。地方にいたらグローバリゼーションは関係ないと思うかもしれないが決してそうではない。海外で激しくビジネスをする人にとって、国内の観光というのは非常に重要なマーケットになってくる。地方が自分で観光ルートを開発するなど、四国の底力を見せていただきたい。
片山 自分たちの住んでいる町に対する満足度は大概低いが、住民が直接選んだ結果が今の自治体を作っているわけだ。せっかく一人ひとりに民主主義の力が備わっているのだから、一人ひとりが本当に自覚をして、関心を持って、地域の自治体の選挙をきちっとやれば、今より随分良くなるはずだ。それが、わが国の構造的改革につながると思う。
小林 道州制や地方自治など、いろいろ議論してきたが、本当に目を離すと地方には権限が来なくて負担だけがくる。その一方で、国には財政的なことも含めて頼れないのも事実だ。独立したマインドを持った人が県庁で働き、市町村庁で働き、各地元の企業で働いていかないといけない。