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児玉さんにインタビュー

総合政策学部を卒業後、英国オックスフォード大学や東京大学で学び、世界各国を回って途上国開発のお仕事を続けてこられた児玉光也さん。バングラデシュでの勤務を経て、現在はアフガニスタンの日本大使館で外交官として復興・開発に携わっておられます。復興・開発の現場と政府を繋ぐ仕事にかける思いと、それに至る道のりや未来を塾生スタッフに語っていただきました。

22歳「これはいばらの道だな」

写真テレビで初代総合政策学部長の加藤寛先生に憧れ、SFCに進路を決めたという児玉さん。高校2年生のときから興味を持ってきた『難民問題』というテーマに対して、政治・法律・経済・安全保障・歴史・文化等、様々な視点からのアプローチが必要だと感じていたことも後押しした。勉強も遊びも充実した大学生活だったが、卒業後の進路を考えたとき、脳裏に浮かんだのは高校時代からの自分の夢だった、と児玉さんはしみじみと言う。

「3年冬から一応就職活動をしていたんですが、ふと、『SFCを出て、イギリスの難民研究所で勉強して、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働くのが俺のキャリアプランだったんだ!』と思い出したんです。慶應大学を出て民間企業に就職したほうが、ある程度のお金も稼げるし絶対に楽。途上国の開発に携わること、『これはいばらの道だな』と思いながらも、1回きりの人生だし『留学しちゃえ!』と。」

英国オックスフォード大学に身を置き、難民研究をしていた時、アフリカ人の友達に「ぜひ自分の国に行ってみてくれ」と勧められたことがきっかけで、3ヶ月間マラウイに滞在する。そのときのことを懐かしむように教えてくださった。

「(マラウイの)空港に到着しても誰も迎えはいないし、到着ロビーを出た途端に、ドドッとタクシーの運転手に囲まれたり、警察には『お前は日本人か?金よこせ』とたかられそうになるし。後で思えば驕りなのですが、『この人たちのために働こう。そのためにも、まずは現場を見てみよう』と思い、『なけなしの金を使って来たのに、何で俺がそんなことしないといけないんだ!!』って。マラウイ生活に慣れるまでの2週間は、全てが嫌でしたね。でも、帰りの航空券が(3カ月後の)フィックスだったので、帰りたくても帰れない。」

しかし、マラウイで衛生教育が行き届いていないために泥水を飲んでいる村の人々や、マラリアやエイズで死んでいく人々を目の当たりにし、自らの研究を見つめなおしたことは、後の活動に結びついていく。難民と現地の人の生活レベルはほぼ同じであるにも関わらず、難民に対しては援助があり、現地の人々に対しては支援が届かない現実を知り、「難民研究」から次第に開発の中でもとりわけ「保健医療」政策について取り組んでいきたい、という思いが段々に強くなっていくのだ。

「医学部に入りなおし、医師になって一人ひとりの命を救うことも考えたが、今まで勉強してきた『政策』を活かして、“マス”っていうか、保健政策というもので多数の人の命というものを救いたいなぁ。」

イギリスの研究所を後にし、日本に帰ってきた児玉さんがドアを叩いたのは、東京大学医学部の研究室だった。

「中村安秀先生(現大阪大学教授)が難民医療や途上国の保健医療を研究していることがわかって、すぐに研究室に電話。突然やってきた、得体の知れない、医学や保健の知識が皆無の若造を、『まぁ、いれば?』と受け入れてくださり、入ることになりました」

25歳「日本人のやるべきことはなんなんだろう」

写真「政策を通して人を救いたいという気概だけで、医学部の研究室に入ったものの、公衆衛生や疫学など保健に関する専門的な知識が全くない。完全に一からのスタート。少しずつ論文を読み、災害とマラリアをキーワードに研究しました。」

しかし、活動的で行動派の児玉さんを満足させるのは、研究室の中での研究ではなかった。現場に行きたい。中村先生が始めたNGO『HANDS』に参加。現場で働きながら日本政府にも提言するという活動をすすめる。

「途上国に行って、ローカルNGOの人たちと議論していると、はっきり言って彼らのほうがその地域のことは詳しいし、言葉は出来るし、知識は持っているし、人々をどう動員していくかもよく知っているし、すごく優秀なの。そうすると、日本のNGOっていうか、日本人のやるべきことはなんなんだろう、って」

そんな中、バングラデシュの日本大使館から声をかけられる。ローカルNGOの活動に資金をつける仕事をしてほしい、ということだった。

「日本のNGOにいたときには、日本政府や国連にプロポーザルを書き、お金をとってきて、途上国の地域の人々が持ってない保健システムやマネジメント技術、知識を提供する、という仕事が1つあったのですが、他方、お金って凄く重要だなって思ったの。で、行ってみよう、と」

NGOにいた頃に何度もプロポーザルを書いてきた経験は、提出されてきたプロポーザルが使えるものかどうかを見極め、いいプロジェクトを探してお金をつけるという仕事に活かされる。そろそろ他のところでやりたい、と思い始めた2年目、今度はアフガニスタンに行くことに。一言ひとことを噛みしめるように、児玉さんは語る。

「ここ数十年のアフガニスタンは応仁の乱から戦国時代のようなもので、今も治安はよくない。現在、治安と復興が車の両輪となって、歴史が始まって以来、初めて中央集権の国家を作っているようなものです。」

治安の安定や平和構築のためには、何よりも復興・開発が必要。そしてそのための支援こそが、まさに自分のやりたいことだと気づいた、と児玉さんは笑顔を見せた。

「道はまだまだ険しく、時間がかかるだろう。いま僕は、アフガニスタンと日本の為に、微力ながら仕事をさせていただいています。」

現在「10年後、どこにいるかは分からないけれど」

写真そんな児玉さんが大切にしているのは、人との出会いだという。

「僕は出会い系サイトだから(笑)。人との出会いが自分を成長させてくれていると思う。そのためにも、自分は仕事や勉強を通して研鑽し、魅力的であり続けたいし、自分で自分を楽しんでいたいなぁと思っています。そうすると、自然と人の輪が広がってくるのかなぁ。」

人と人がつながることで何か新しいものが生み出せたらいい、その結果として、人々の健康と笑顔がうまれたらいい、という強い願いは、現在の活動へもつながっていく。貧富の違いが極端に大きい途上国において、その差を縮める橋渡しをしたいという思いになる。

「現地の政治家は、真っ当そうな理由をつけて『お金ください』とドナーに言い寄ってくる。ドナーはもとより現地の政治家ですら、一般国民の現実の生活を知らないことも多い。僕は現地の人々の生活にできる限り入り込み、その現実を政治家や意思決定者、またはドナーに伝えていきたい。そうして、人と人をつなげていきたいなぁ。」

それでは、10年後の児玉さんの夢は何なのだろうか。少しはにかみながら児玉さんは教えてくださった。

「夢は2つあって、1つはそろそろ結婚して子供欲しいなぁ。いいパパ、いい旦那さんになっていたいですね。もう1つは、所属はわからないけれども、自分がやりたい、自分の経験を活かせる仕事をやっていたい。『楽(らく)せず、楽(たの)しむ』。学生で進路を悩んでいる人も、自分の未来を選ぶのはすべて自分。行動だけなく、思考(考え)にも責任を持ち、自分で目標を設定し、活動すると、人生を楽しめると思います。」


児玉さんに15の質問
1.今のマイブームは何ですか?

筋トレです。ほとんど外出できないアフガニスタンで心身共に健康でいるためにも、大使館の防空壕で週に4、5回はやっています。在アフガニスタン日本大使館を健康公館にしよう!と。

2.好きな曲は何ですか?

ジャズやクラシック、ポップス、民族音楽と何でも聴くのですが、人生の節目節目でヒットした曲があります。SFCに合格したときに聞いていた曲がQueenの“We are the champions”。イギリス留学時に聞いていた曲が、R. Kellyの“I believe I can fly”です。

3.好きな場所はどこですか?

海と風呂とベッドの上です。スクーバ・ダイビングが好きで、世界のいろんなところで100本近く潜っています。

4.好きな本は何ですか?

シェイクスピアと歴史小説です。最近読んだ中では、浅田次郎の『蒼穹の昴』。途上国で生活していると、すごく金持ちな人々とすごく貧しい人々がいるんですね。途上国での一面が、中国清朝末期を舞台に上手く描かれているんです。

5.尊敬する人は誰ですか?

父です。実直で何事も真面目にこつこつとやることが、自分には無いところなので尊敬しています。

6.朝一番にやることは何ですか?

ビリーズ・ブート・キャンプに入隊中。朝7時に起きて、筋トレをやっています。

7.PCのデスクトップ、携帯電話の待ち受けはどんな画像ですか?

PCはデフォルトに入ってる「草原」、携帯はカレンダーと時計と、いたってシンプルです。

8.好きなものを最後までとっておく方ですか?

大抵好きなものが最初です。食べ物であれば、出された瞬間が一番暖かくておいしい時。 仕事では、好きなことを最初にやると、1日の勢いがつきます。

9.学生時代は何をして遊んでいましたか?

文字通り、朝から夜までずっと学校にいました。メディアセンターでメールを書いたり、食堂で友達と話したり、ラグビーやテニスのサークルやったり。中国人の友達と『世界と中国研究会:WACS』という勉強会を作って、中国のことを勉強して商社の人にプレゼンしたりもしていました。

10.学生時代の失敗談を教えてください。

「チャンスが来たときに、何もしないまま、後で『やっておけば良かったなぁ』と後悔したくない」ので、即、行動。そんなこんなで、失敗や反省することは、数えきれないくらいあります。でも、いろんな失敗が重なって出来上がったものが自分なのかもしれないなぁと肯定的に捉えています。

11.学生時代に戻れるとしたら何をしますか?

語学です。言葉を勉強するのには時間がかかるし、言葉の後ろには文化が隠れているので。

12.日本以外に住むとしたらどこがいいですか?

オックスフォードで研究生活を送るのも楽しいだろうな。ギリシャの島も良い。 世界中、どこでもいいんですが、自分のやるべき仕事があるところに住みたいです。

13.今の仕事をしていなかったら何をしていると思いますか?

考古学者になってみたい。いろんな歴史の欠片(かけら)をジグゾーパズルのように組み合わせ、壮大なストーリーを作っていくことに魅力を感じます。

14.人生があと1日しかなかったら何をしますか?

子作りします。自分の遺伝子を残したいので(笑)。

15.願いが一つだけ叶うなら何を願いますか?

ドラえもんが欲しい!(笑)ドラえもんがいれば、いろんな事が叶えられるから。



かばんの中、見せてください!
編集後記

危険と隣り合わせの場所で働いておられる方と聞いて、お会いする前には、さぞ険しい表情をされた方なのではないかと予想していた塾生スタッフだったが、児玉さんは温かい笑顔が特徴的な気さくな方だった。しかしお仕事に関する話の中では表情が変わり、「死に遭遇することも覚悟しているが、仕事で満足は得られているので、これからも続けたい」と淡々とおっしゃる姿に、強い精神力を持ち続けて働くことの大変さと、お仕事に対する真摯な熱意を感じて、胸が熱くなった。頂いたメッセージを噛み締めながら、今後のアフガニスタンの動向を見つめていきたいと思う。

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