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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.30 三村 將

学問のすゝめ21 メルマガ

学問のすゝめ21 メルマガ」の配信は、2012年3月をもって終了いたしました。


 

 

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脳と心の関係をひもとく神経心理学 その視点から見た「心の防災策」とは

 



協力:年表共有コミュニティ
年表例:福沢先生

先日の東日本大震災ではたくさんの命や家が失われたばかりでなく、原発事故も重なり、未だに避難生活を余儀なくされている人も多い。こうした過酷な環境で「心のケア」の必要性が指摘されている。被災地以外でも震災ストレスに悩まされる人は少なくないという。今回被災地での救援医療活動にも参加された慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の三村教授に、専門とする「神経心理学」の立場から、心の病とそのケアについて、そして被災地の状況と今後の課題についてお話を伺った。
(インタビュー:2011/5/18)

 

< 目次 >



心理学への興味から、精神医学の道へ

医学という道はどんな理由で志されたのですか?

私は、最初から医者を目指していたわけではないんです。元々は心理学に興味があり、高校卒業後は東京大学の文科三類に入学しました。当時、興味をひかれていたのは、犯罪心理学や病跡学といった異常心理学の領域でした。病跡学とは、たとえば夏目漱石にはどんな精神科的問題があり、それが作品にどう影響しているのかといったことを研究する学問です。

東大入学後は、文科系・理科系という垣根はあまりなく、いろいろな講義を受けることができました。授業を通して幅広い分野に触れる中で、たとえば科学史や医学系の神経の話などにも関心を持ち、自分の興味のあった領域を、心理学以外のもっと違う面からも勉強してみたいという気持ちが強くなってきたんです。それで、翌年再び受験をして、慶應義塾大学の医学部に入学しました。


元々は心理学に興味があったという流れで、医学の中でも精神科を選ばれたわけですね。その意思は在学中ずっと変わらなかったのですか?

医学部を受験する段階では、精神科以外には考えていませんでした。しかし、医学部入学後には興味の対象が広がり、精神医学は医学の一領域に過ぎず、もっと広くいろいろなことを知る必要があると感じました。精神科への関心が薄れることはなかったのですが、卒業時には外科と精神科と、どちらに進むか迷ったりもしたんですよ。外科というのは、ある意味全体的に人間を診るものですから。

最終的にはやはり精神科を選び、卒業後は1年間慶應義塾大学病院の精神・神経科に入局して研修医となりました。そのときの指導医が、先日退任された鹿島晴雄先生だったんです。先生のご専門は、脳のどの部分が損傷すると、どんな症状や機能障害が起こるのかということを研究する神経心理学でした。たとえば、脳梗塞で言葉がうまく操れなくなったりする失語症のような関係ですね。

鹿島先生の教えを受けるうちに、脳と心、脳と行動の関係をもっと直接知りたいと考えるようになりました。この分野は今でも私の専門となっているので、先生との出会いは私にとって大きな転機だったと言えますね。



 

脳の機能を映し出すのが、心の動きである

一口に精神科といってもいろいろな領域があるのですね。その中でも先生がご専門とされている神経心理学について、もう少し詳しく教えて下さい。

脳というのは、金太郎飴のようにどこを切っても同じなのではなく、たとえば側頭葉のこの領域はこういうことをやっているというように、部位によって受け持つ機能がだいたい決まっています。そこで、「脳のここに傷があるために、こういう症状が出ている」という診断をするのが神経心理学です。

たとえば不幸にして脳に損傷を受けてしまった人の事例から、どの部分に損傷があるとどんな症状が起きるのか、健常者と比べて調べます。脳の特定箇所の働きを確かめるために、動物ではその部分を破壊して行動をテストしたり、針を刺して電気的な動きを見たりしますが、人ではそういう実験はできません。そこで、病気やケガで脳が傷ついた人の臨床観察から脳の損傷と症状との関係を明らかにし、さらに治療、リハビリテーションに役立てていこうというのが、神経心理学という学問です。


つまり、精神・神経科で扱うような心の病気も、脳の損傷と関連があるということですね。そもそも「心」と「脳」とはどんな関係にあるのでしょうか。

今日の精神・神経科では、心の問題を脳と切り離して考えることはありません。たとえば、PTSD(心的外傷後ストレス障害)なども含めて、脳の問題に起因するという認識です。つまり、脳の一連の機能を反映するのが心の動きだということです。もちろん、脳が単独で作用しているわけではなく、脳と体全体のネットワークの中で起きているのですが、中核となっているのが脳であるということですね。言い換えると、脳は心を実現する一つの臓器であるとも言えます。


脳の損傷を受けた部分を回復させるには、どんな治療法があるのですか?

外科的な手術で治すことは、現時点では困難です。薬物療法を対症的に試みることはありますが、実際にはリハビリテーションが中心です。リハビリテーションでは、損傷した箇所を修復することよりも、むしろ残っている脳で何ができるかが大事です。脳の部分ごとに受け持つ機能は決まっているとは言っても、その部分がなければどうしてもダメなのではなく、ある程度までは他の部分が代償可能だと考えられているからです。

ただ、手足のマヒなどのときに行うリハビリテーションと比べて、精神・神経科におけるリハビリテーションの成果は個人差が大きいのも事実です。元々、脳の高次機能の働き自体に個人差があり、その代償能力、予備能力の差はさらに大きくなります。一般には男性より女性、年齢の若い人の方が回復力が大きいと言われています。



 

仮設入居後に増してくる、被災者へのメンタルケアの重要性

ところで、東日本大震災後、被災地の支援活動に参加されたそうですね。

慶應義塾大学の医学部では、3月17日の第1次から始まり合計9回、被災地での救援医療団活動を行いました。宮城県気仙沼市に行った第1〜3次、岩手県陸前高田市に行った第4〜6次は、いずれも身体ケアを目的としたもので、救急科や呼吸器内科、循環器内科の医師、および看護師、薬剤師などがチームを組んで活動を行いました。その後、心のケアの問題が重視されるようになり、第7次からは精神・神経科の医師が派遣されることになりました。

私は、最後の第9次医療団のメンバーとして、4月26日から5月3日まで福島県の相馬市を訪れました。午前中に避難所を巡回したほか、午後は公立相馬病院に設けられた臨時の精神科外来で、震災以前から精神系の疾患を抱えていた患者さんを診察しました。もともとこの地域の精神科医療を担っていた南相馬地域の精神科医療施設が原発事故の影響で退避を余儀なくされてしまったこともあり、いつも飲んでいた薬が切れて症状が悪化した人もたくさんおられたのです。


避難所ではどんな症状が多かったのでしょうか。そして、それにはどんな治療を行うのですか?

この地域でも、命からがら津波から逃げてきたという人も多く、「眠れない」「怖い夢を見る」「不安になる」「突然恐怖感に襲われる」といった症状を訴える方がたくさんおられました。不眠の人には睡眠薬も処方しますが、精神科の基本的スタンスは傾聴です。とにかく聴く。これが意外にむずかしくて、つい何か言いたくなってしまいます。でも、患者さんが自分で話してるうちに自分で答を出したり、解決したりすることに意味があるのであって、こちらから何かを押しつけたりしてもうまくいかないのです。

明らかに具合が悪そうなのに何も話してくれない方の場合、こういう状況ではこちらのできることにも限界があります。幸い、現地には保健師さんや看護師さんが勤務していて、医者と患者さんのつなぎ役を果たしてくれています。我々よそ者には言えない本音を彼女たちには語ってくれることもあります。そういった人たちに問題を吸い上げて伝えてもらったり、こちらがみて気になった人を注意してみていてもらったりするというような、コメデイカルの人たちとの医療連携の重要性を、今回の支援活動ではあらためて強く感じました。

今回の震災でも、全国からやってきた保健師、薬剤師、歯科医師などの医療スタッフが、毎日ミーティングを重ねて情報を共有し、チームとしてみんなで協力してやっていくという形がとられていました。


被災者の方のそういった症状は、時間が経つにつれてどんな変化が起きるのでしょうか?

今後、避難所にいた人たちが徐々に仮設住宅に移っていきますが、メンタルケアの重要性が増してくるのは、むしろこれからです。阪神大震災の時にも、避難所にいたときより仮設に移ってからの方が自殺者が増える傾向がありました。仮設に移ることで、良くも悪くも目が届かなくなる面があるので、孤立感が増してくるという問題もあるのでしょう。

一般的にも、PTSDというのは2〜3か月してから顕在化してくることが多いものです。特に東北の方々は我慢強いために問題がなかなか顕在化せず、顕在化したときは深刻だったりするケースもあるので、注意深いケアが必要だと思います。


心のケアはまだまだ先が長いということですね。これから先、どのような形の支援が考えられているのでしょうか?

医療支援は私たち以外にも全国から来ていますし、これからも続くと思います。しかし、継続的・長期的な支援というスタンスで考えると、各地のスタッフが直接現地に支援に出向くのには限界があります。そこで、遠隔医療を導入できないかという試みも始まっています。

たとえば、慶應の政策・メディア研究科の金子郁容教授らが中心になって、C3NP(Countinuous Care & Cure Network Project)(http://www.c3np.com/)というプロジェクトが立ち上がっています。現地の行政やNPOなどと連携して、再興に向かう過程における中長期的な視点からの健康・医療にかかわる支援を行っていこうというものです。趣旨に賛同した、各大学や医療機関などの個人のボランティアや企業などが、組織として協力して行うことになっています。

今具体的に考えられている一例としては、公立相馬病院と福島医大をネットワークで結び、さらに慶應にもデータを送ってもらい、遠隔カウンセリングを行うというものがあります。遠隔システムを使うことで、被災者が生活の場から移動せずに、また医師も被災地へ移動しなくても、継続的に医師やカウンセラー等に直接相談してもらおうという試みです。同様の遠隔支援の試みは他の団体も行っています。



 

「心の防災策」は、多様な視点への想像力を持つこと

今回の震災では、被災地で直接被害に遭った人以外でも、ストレスなどの症状を抱えている人がいるようですね。

最近は落ち着いてきましたが、地震の直後は「いつも揺れてるような気がする」「いつ地震が来るかわからず不安でたまらない」と、初診で外来を訪れる患者さんが、東京でもたくさんいました。中には会社に行けなくなってやめてしまったという人もいます。

ただ、これだけの大きな震災ですから、しばらくの間恐怖や不安を感じるのは、病気というよりむしろ普通の現象とも言えるのではないでしょうか。常に強い不安や緊張状態が続くような人には安定剤を処方することもありますが、あとは時間が解決してくれるのを待つしかない面もあります。

阪神大震災のときも、多くの人は時間の経過と共に落ち着いてきました。地震に限らず、大きな事件に遭遇したとか、配偶者が亡くなったなどという場合も同じです。ですから、「会社に行けない」という人に対しては、たとえば診断書を書いて休んでもらって、落ち着くまでの時間を何とかしのいでもらうといったことを考えます。


そういった事例を含めて、何かのきっかけで心が病んでしまうことを防ぐための、いわば「心の防災策」のようなものはありますか?

まず言えるのは、世の中には、自分が今こう考えているのとは違う考え方もあるのだという想像力を持つことですね。「これしかない」「これがダメなら、もうどうにもならない」と考えてしまったときに、違う見方をできるようにするということです。

たとえば、コップに水が半分入っているとします。これを「もう半分しかない」と思うか、「まだ半分ある」と思うか。無理に「まだ半分ある」と思わなくてはいけないというのではありません。「まだ半分ある」という違う考え方もあるのだと気づくこと。自分の考え方の癖が悪い型にはまっているのなら、それを自覚することが大事なのです。

心の状態が悪いときというのは、そういう「自分の考え方の悪い癖」にはまって悪循環になっているので、そのサイクルからいかに抜け出すか。ひどくならないうちに、少しそういうゆとりを持って考えられるといいですね。そのためには、普段からいろいろな見方ができるように心がけることが、「防災策」となり得るのではないでしょうか。

 

 


 


インタビュー聞き手

慶應義塾大学 文学部 教授 神崎 忠昭 / ライター 永井 祐子


プロフィール

三村 將
三村 將(みむら まさる)
慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授


1957年12月 東京都生まれ
1977年4月 東京大学文科III類入学
1978年4月 慶應義塾大学医学部入学
1984年3月 慶應義塾大学医学部卒業
1984年4月 慶應義塾大学病院 精神・神経科 研修医(1年間)
1985年6月 横浜市立市民病院 レジデント(2年間)
1987年6月 桜ヶ丘記念病院 精神科専修医(3年間)
1990年4月 慶應義塾大学 精神・神経科 助手(2年間)
1992年8月 ボストン大学医学部行動神経科 留学(2年間)
1994年6月 東京歯科大学市川総合病院精神神経科 講師(5年間)
2000年10月 昭和大学医学部 講師
2001年4月 昭和大学医学部 精神医学教室 准教授
2011年4月〜 慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授


 

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