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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.2 西村 秀和

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

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特集「ゼロ・リセットの発想で、日本を変える」西村秀和教授

イタリアの有名な観光地「ピサの斜塔」。55メートルの高さからの景色を楽しむために、訪れた観光客は傾いた塔を登っていく。塔の通路には、簡単な柵や手すりしかついておらず、かなり危険な状態といえるが、ここから落ちた人はいないという。

2008年4月に開設される慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科に就任される西村秀和教授は「“安全”のために危険の認識が必要」と語る。西村教授に、ピサの斜塔から落ちる人がなぜいないのか、その理由を尋ねるとともに、その答えをヒントに、現在社会のシステムが抱える問題点や目指すべき方向性などのお話を伺った。 (インタビュー:2007/10/1)

「ピサの斜塔」は安全か?

「安全制御システムのデザイン」がご専門とのことですが、最近、高層ビルの回転扉やエスカレータなど、いろいろなところで事故が起きています。「安全」についてどのようにお考えですか。

さまざまなシステムで安全性をより高めることは最重要課題の一つです。昔に比べると,今はいろいろなものの安全性がとても高まりました。しかし逆に、「安全で当たり前」の感覚が染み付いてしまい、安全と思われるシステムの中にも危険が内在している現実を見失っているのではないかと感じています。

ご存知かと思いますが、ピサの斜塔は、上まで登るための通路にはとても簡単な柵しかついていません。気をつけないと転落してしまいそうなつくりですが、ピサの斜塔から落ちた人はいないそうです。
一方、最新の高層ビル。地震や火災の対策が万全で、エレベータもエスカレータも最先端の技術でコントロールされています。しかしながら、高層ビルでは、回転扉や、エレベータ、エスカレータなどで、痛ましい事故が相次いで起こっています。中には利用する方のちょっとした注意で防げた事故もあるようです。

 

“安全”に内在する危険

あえて危険性を見せることが必要だとお考えですか。

私は、長時間運転しても苦にならないほど、車が大好きです。そんな私が、シートベルトの着用が義務付けられた時に、自分の運転が荒くなったことに気がつきました。大分昔の話ですが、それはなぜか。「シートベルトを装着すると安全だ」、「多少乱暴に運転しても大丈夫だろう」と思いこんでしまったわけです。エアバックがついたら、「さらに安全になった」と思うようになっていました。
私は、シートベルトやエアバックは大事なものだと思いますし、安全性をさらに追求すべきだと思います。しかしその反面、安全面だけを強調し過ぎると、危険が全て解消されてしまったかのような錯覚に陥ってしまうと思うのです。
“安全”には危険が内在していることを積極的に知らしめる手段が何かしら必要なのではないでしょうか。

そういえば、昨年、ハンガリーの首都ブダペストに行ったのですが、現地のエスカレータは大きな隙間があいていました。しかもスピードが速い。「これは危険だ」と感じたので、かなり緊張して乗りました。しかし、日本のエスカレータはとても安全に見えて,そういうことを感じませんね。

私自身、子供の頃は乗り慣れていないこともあって、エスカレータに乗る時には、いつも緊張していたと思います。あるいは親から気をつけて乗るように教えられていたせいかも知れません。今は、さすがに緊張しませんし、昔に比べれば、安全性のレベルは上がっていますが、それでも「“絶対”に安全」ということはありえません。
ところが,「乗り方によっては危険である」ということを言わなくなったせいでしょうか、エスカレータには危険性を感じる方が減っているのではないかと思っています。だから、エスカレータで遊んでいたり、一人で乗り降りしたりする子どもが多くなったのではないでしょうか。昔より安全になっているはずなのに痛ましい事故が絶えません。
ですから私は、安全のレベルを上げていくことはとても大事ですが、その一方で、「この安全は絶対的ではなく、“安全”に使うことによって安全になる。」ということも、同時に伝えていく必要があると考えます。

 

時には、システムをゼロから見直すことも。

車の安全性については、どのようにお考えですか?

自動車事故で前面衝突したとき、乗員の体は前方に押し出され、ハンドルにぶつかります。その時の被害を軽減するのが、シートベルトやエアバッグです。さらに最近は、ヘッドレストがアクティブに動くことで、むち打ちが防げるようになってきています。おかげで、死に至る確率はかなり減ってきました。その代わりに、足元にあるインストルメントパネルに膝をぶつけ、大腿骨が損傷し、リハビリに長期間を要することが問題になってきています。
ひとつ問題が解決されると、別の問題が明らかになってくる。頭部が保護され命が助かるようになったからこそ、大腿骨の損傷が問題になってきたわけです。そこで私は、自動車メーカーと共同で、4〜5年前から、インストルメントパネルの中に、下肢の損傷を防ぐ装置を組み込む研究を始めました。

その研究の今後の展開は。

乗員保護装置としては、シートベルト、エアバック、ヘッドレスト、下肢の損傷を防ぐ膝受け装置などがあって、私は現在までに、「膝受け装置」のみを研究してきたわけです。
しかし慶應に来てからは、乗員の損傷低減を総合的に考え、このシステムをゼロから構築しなおすことはできないか。そうすることで、4つの装置をそれぞれ単独に改良するよりも優れたシステムができるのではないか、と考えるようになりました。また、現在は正しい姿勢で運転していないとこれらの装置では所望の性能が得られにくいのですが、必ずしも、皆さん正しい姿勢で運転しているとは限らない。そこで、何か工夫が必要ではないかと考えています。
これは、まさにシステムズエンジニアリングの考え方によるもので、さまざまな制約のもとで、要求に見合う性能を実現するシステムを創出したいと思っています。そのためには,ただ科学技術を駆使すれば良いのではなく、ユーザー側の立場からより良いシステムとは何かを見極める必要があると思います。

 

ゼロ・リセットの発想ができるシステムズエンジニアを育てる。

ゼロから構築しなおしたほうが良いとお考えのシステムは、他にもありますか。

交通システムです。日本の交通システムは、車が中心で歩行者・車椅子・ベビーカーや自転車に対する配慮が殆どなされていない。
ところが例えばラスベガスの場合、歩道と同じ高さになるように横断歩道が一段高くなっていて、車がその段差を乗り越えないといけない。当然ながら、車は横断歩道に近づくと段差がありますから、減速することになります。歩行者は常にフラットな道を歩くことができ、カートをひくのも楽ですし、車イスの方にも大きなメリットがあります。歩行者を意識したシステムになっているのです。
私たちの研究科では、よくこのことが話題になり、日本のシステムも改善できないか、という話をしています。

それを日本で実現するのは、かなり大変そうですね。

今すぐ一度に全てを変えるのは難しいことです。ゼロから作り直すのは、かなりの困難が伴うと思います。ですが、今あるシステムの良し悪しを見極め、良いところを存続しながら、悪いところは思い切ってゼロから構築しなおすという発想が必要とされています。
今一気に変えるのが難しくても、30年先の理想の姿を描き、それに近づけるために2年後、5年後、10年後までにどういうシステムを構築していけばいいか。そういう長いスパンで考えることができるシステムズエンジニアを育てることで、社会を変えていけると思っています。

西村教授がお考えになっている『システムデザイン・マネジメント(SDM)』の意義を教えてください。

文系ではMBAが定着してきていますが、MITの言葉をお借りすれば,SDMは『理系のMBA』と言えます。ただし、MBAのケーススタディのように、過去の事例を分析・解釈することも大切ですが、SDMでは、「次に、何を、どうすればいいか」、未来に向けた発想を重視したいと思っています。
今、企業の最先端で仕事をしている方にこそ、SDMの手法を学んでもらいたい。そして、企業に持ち帰ってそれをさまざまな分野で実践してもらいたいですね。SDMに文系出身理系出身を問わず、新卒の学生さんをはじめ、産官学からの方々が集まり、SDMがメルティングポットとなって、次世代の技術・社会システムをデザインしたいと思います。

この研究科は、福澤先生の「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という志のもと、慶應150年を期に設立されるものです。この志にしたがって、システム思考で未来を先導することができるシステムズデザイナ、プロジェクトリーダを一人でも多く、しっかりと育てたいと思います。

 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 / ライター 粕谷 知美


プロフィール

西村秀和教授 西村 秀和 (にしむら ひでかず)
元・千葉大学工学部助教授 、現・慶應義塾大学先導研究センター教授
専門分野:自動車、鉄道、機械・建築構造物の安全制御システムデザイン
企業からの共同研究、講義依頼多数。著書に『MATLABによる制御理論の基礎/制御系設計』(東京電機大学出版局)がある。

(西村教授のお勧めサイト)
PC Watch
コンピュータの動向に敏感な西村教授。最新のIT技術を、ご自身の研究のヒントにしている。
MITのSDMグループのサイト
MITはシステムエンジニアリングのパイオニア。その研究動向や教育方針などは西村教授の大事な情報源だという。
INCOSE(インコゼ)
国際システムエンジニアリング協議会。システムエンジニアリングの深さと広がりを感じられるサイトである。


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