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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.3 笠原 忠

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

特集バックナンバー 特集「免疫と大学は仕組みが似ている」笠原忠教授

免疫という現象は紀元前から知られていました。18世紀末にEdward Jennerが痘瘡(天然痘)に対するワクチンの試みに成功し、これは感染症の予防に役立つようになりました。しかし、免疫の具体的な仕組みの解明が進んだのは20世紀後半になってからです。モノクローナル抗体の作成法や細胞の分析装置としての「フローサイトメーター」の威力は、今では生物科学のどの分野の研究室でも必需品となっています。
人体の細胞レベルで起きているさまざまな仕組みを革命的に解明する立役者となったこの装置の話も交えながら、薬学のおもしろさを説くのは、共立薬科大学薬学部の笠原忠教授。さらに、細胞の世界は現実の社会にも見えてきて・・・!? 教授が薬学を志した理由、薬学の愉しさ、変化の渦中にある薬学分野の現状を伺いました。 (インタビュー:2007/11/1)


  ▲笠原教授からのショートメッセージ

< 目次 >


幾多の可能性のなかから薬学の道へ

教授は薬学のなかでも免疫学がご専門とのことですが、この分野に進まれたきっかけは?

私は1968年、「東大紛争」のあった年に東京大学に入学しました。東京大学では教養学部生として入学しますので、特別薬学を目指して入学したわけではなかったのです。どちらかと言えば物理や数学をやりたいと思っていました。それが、教養で「生化学」の講義を聞いてダイナミックでおもしろいなと思い、「生化学」という領域に入り込み、生化学や有機化学が学べる薬学部に進学することに決めたのです。

4年の卒論は、「免疫学は面白いぞ」というサークル(テニス部)の先輩に刺激をうけ、「生体異物」(大沢利昭教授)という研究室を選びましたが、ここでは糖鎖を認識する「レクチン」を盛んに精製しており、その後の研究で大いに役立っています。大学院では医科学研究所に行っていましたが,ここで免疫学の基礎や外科の先生から胸腺摘出の術などを学びました。
また、学生時代は小さな寮に入っていましたが、ここには、法文経や理系の学生がいて、まったく違う分野の人たちとホットな議論をしたこともその後の私の人生にとって貴重な経験で、いまだに交流が続いています。与えられた多様な環境をうまく生かすことができたと言えますね。
その後、1995年に共立薬科大学に赴任するまでの21年間は、2カ年のアメリカ NIH(Dr.J.J.Oppenheim のラボ)での研究生活を含め、自治医科大学で感染症と免疫学の研究に没頭してきました。

免疫という仕組みはきわめて巧妙です。生体にとって異物(非自己)となる抗原の種類は無数です。一方、遺伝子には限られたセットしかありません。ところが、有限の部品の組み合わせによって無限といっていい抗体を産生するB細胞のクローンを生成することができるのです。細菌が感染したときなど、大量の防御抗体が必要な時には特定の抗原に対応する抗体産生細胞が急激に増殖するのです。このしくみは驚くべきことと思いませんか。


この分野は技術の進歩が早いので、教授が学ばれていた当時の免疫学と現代の免疫学とでは、隔世の感があるのではないですか?

今の免疫学の教科書は図解入りで分かりやすく記されていますが、私どもの学生時代は分厚い、文章がほとんどの教科書や文献を何冊も読みこなすことが必要でした。この30年間で免疫現象の概念をイラスト化できるまでになった。これは実は研究者たちのとてつもない努力の結果なのです。

余談になりますが、イラストと言えば、日本では論文を書く場合、研究者が自分で図表も描くわけですが、以前、アメリカで研究をしていたとき、論文を投稿するさい、いつものように自分でロットリングを使って図表を書いていたら、ボスから「それはメディカル・イラストレーターの仕事だから彼らに頼みなさい」と言われてびっくりした経験があります。NIHでは研究支援体制が整っており、しかもそれぞれがプロ意識を持っているのです。私の実験では、大量のTリンパ球が必要でしたが、テクニシャンにプロトコールを渡せば、ヒトの末梢血からきちんとリンパ球を分離しておいてもらえました。日本でしたら、すべて自分でやらなくてはいけなかったので、感激しましたね。

それはともかく、現在では細胞の中の分子の動きが可視化ができるほど研究が進んでいますが、海外の生化学などの教材にはCDが付いていて、タンパク合成のしくみや細胞内の動きまで可視化できる教材が出版されています。ずいぶん恵まれていると言えるでしょうね。

 

技術の革命によって、不可能が可能に

そういった進歩のなかでも特に革命的な変化を起こしたようなものはありますか?

ひとつのマイルストーンと言えるのは「モノクローナル抗体」を作ることができるようになったことです。モノクローナル抗体のおかげで、多くの細胞の特徴、つまり「顔」を見分けることができるようになりました。この技術のおかげで特定の抗原に反応する抗体を作ることができ、免疫細胞にはCDという番号でよばれる300以上の抗原が同定されています。
モノクローナル抗体は、例えばがんの診断、あるいは乳がんや悪性リンパ腫、関節リウマチといった病気の治療に使われるようになっています。それまでは、「サイエンス」のレベルだった「抗体医学」が、「抗体医薬」として、実際の治療現場で使われるようになったのです。この技術を成功させたKöhlerとMilsteinは、1984年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。

もうひとつは「フローサイトメーター」の開発ですね。フローサイトメーターというのは、細胞の解析や分離に使う装置のことです。蛍光を標識した抗体を結合させた細胞をこの装置にかけて液体の流れに乗せると、一個一個の細胞に分かれ、これにレーザー光を当てると、抗体と反応した細胞は励起されて蛍光を出しますので、瞬時に細胞の大きさや、核の形、表面抗原の有無といった特徴によって分類できるのです。 微量の血液細胞やがん細胞などを分ける技術はこの装置のおかげで非常に発展しました。免疫学に限らず、医療の分野でも必須の装置であると言えます。さらに、免疫細胞を大量に増殖させるサイトカインの研究や遺伝子の増幅の技術も同時に進展してきましたので、免疫の異常やアレルギー疾患の解析に血液から大量の細胞を集めなくても数十個や数百個の細胞でも、ゲノムやタンパクの解析ができるようになっています。多様な細胞の中からある特徴を持ったものを集めることも簡単にできるようになってきています。

「フローサイトメーター」などの技術革命のおかげで、それまで不可能だったことが可能になったのですね。

しかし、まだなぜがん細胞が異常な増殖を示すのか、あるいはどのようにしてがん細胞だけに細胞死を誘導するか、あるいは免疫系はがん細胞の異常増殖をどのように制御するかなど、自由にコントロールすることはできていません。また、免疫系の細胞には機能の分担がありますが、外界の刺激に対して細胞の中ではどのようなシグナル経路がはたらくのか、すべてを解明できたわけではありません。

私どもはさまざまな薬物、新規の天然物由来のものも含めて、がん細胞の生存や免疫細胞内シグナル伝達系、遺伝子発現、とくに転写因子群にどのような影響を及ぼすのか、を検討してきています。今後とも、私自身の研究としてずっと続けていきたいと思っています。

 

薬をめぐる変化と利用する側に求められること

ところで、薬学部の最近の話題としては2006年度に実施された「薬学教育6年制」というのがありますね。

現在の私立大学の薬学部はほとんどが6年制(4年制を併設しているのは、50校中12校)で、定員も6年制が10,000人を超えるのに対して、4年制は500人未満です。
薬学部を6年制とした理由としては、薬剤師が「医療の担い手」として、医療現場で活躍するには、4年間の教育では不十分になってきたということが挙げられます。6年制で入学した学生(現在の1、2年生)は、新しい制度のもとで教育を受けることになっています。6年制のこれまでの教育との大きな違いは、コミュニーケンション教育の充実、医療系科目の充実、さらに、5年次に5ヶ月間の長期実務実習が必須となったことです。

また、4年次終了までに、「CBTテスト」というコンピュータを用いたテストと、「OSCE(オスキー:客観的臨床能力試験)」という2つの試験をクリアしないといけないことです。OSCEは医学部や歯学部では2年前から行われていますが、薬学部の場合、調剤や監査業務、服薬指導などの技能を客観的に評価するもので、高いコミュニケーション能力が要求されます。医療従事者には「高度な知識と技能、態度」が求められますが、「技能,態度」の教育とその評価をきちんとすることがたいへん重要になってきています。

確かに、薬を利用する側から見ると、薬局で薬剤師さんが薬の服用の仕方や副作用を説明してくれたり、ずいぶん変わったなと思います。そういった状況のなかで、私たちが薬とつき合ううえで気をつけたほうがいいことはありますか?

一人の患者さんに処方される薬は、薬の相互作用や重複といった問題が起こっては大変ですから、本来は1箇所の病院、薬局で処方されたものであるのが理想ですが、なかなかそうもいかないわけです。そこで患者さん側で、薬の服薬の記録である「薬歴」をはっきりさせておくことで、トラブルを避けることができます。病院側は個人情報のこともありますから、自己申告が頼りです。薬局で「おくすり手帳」をもらっている方も多いと思いますが、これを薬歴管理に役立てて欲しいですね。

また、病院や薬局では多忙な医師ではなく、薬や薬の服用のことなど、気兼ねなく薬剤師に相談していただきたいです。コミュニケーションを増やすことが、患者さんと薬剤師とのよい関係が構築できる方向になると思います。医療関係者との信頼関係があると、「プラシーボ効果」というよい成果を生むこともあります。これは科学的にも認められている効果です。できれば「かかりつけ薬剤師」を見つけて、安心感のもとで薬を利用していただくとよいのではないでしょうか。

 

関心の多様性と高度な専門性を併せ持つ薬学部を

2008年4月に共立薬科大学は慶應義塾と合併し慶應義塾大学薬学部および大学院薬学研究科となりますが、今後の展望は?

最初にお話した私の学生時代の経験では、多様な人々との交流が後の自分の進路を決めたということがありました。現在の共立薬科大学の学生や、来年度からの慶應義塾大学の薬学部の学生は入学前から薬学を志してくるわけですが、来春からは総合大学という場で学びます。いろいろな人々と交じり合い、多様性からなにかを学び取って欲しいですね。今日の日本人に欠けているのは「教養」であるとの指摘がありますが、日吉では「リベラル・アーツ」を学ぶに十分な環境が整っています。

また、薬学部の卒業生といっても、薬剤師になる人、製薬会社に進む人、臨床に行く人、多くの進路があります。さらに薬剤師という職業ひとつをとってみても専門分野を持った薬剤師が登場してきています。人体にも非常に多様な細胞があって、専門性を持った働き方をして、全体としての機能を果たす。私たちの社会もこれと同じです。多様な関心を持ち、それでいて専門性を持った学生を育てていきたいと思っています。

 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 / ライター 薗 美冬


プロフィール

笠原忠教授 笠原 忠 (かさはら ただし)
共立薬科大学 教育担当常務理事・教授
2008年4月に慶應義塾大学薬学部長に就任予定。
研究分野:生物系薬学、免疫学
編書に『スタンダード免疫学 』(丸善 2003年8月発行)がある。 

(笠原教授のお勧め本)
『世界で一番売れている薬』(小学館、山内 喜美子著、2007年1月発行)
高脂血症の薬「スタチン」の発見者、遠藤章氏の「創薬」の物語。薬学を志すものには必読の書。

新しい薬をどう創るか 創薬研究の最前線 (講談社ブルーバックス、京都大学大学院薬学研究科編 2007年4月発行)
最近の製薬業界話題や薬学の世界の広がりが分かる。これから薬学を学ぼうという学生にも最適。

くすりの発明・発見史 (南山堂、岡部 進著 2007年4月発行)
様々なくすりや病気の発見の歴史をエピソードや人物評伝を加えて、スリリングな物語としている。

一寸の虫にも十分の毒 (講談社、川合 述史著 1997年発行)
ちょっと古くなったが、笠原教授が自治医大時代に非常に影響を受けた教授の著作。薬学の知識がなくても気軽に読めておもしろい。




学びのタネ

〜共立薬科大学 薬用植物園で学びのタネを探す〜

さいたま市の緑豊かな環境にある共立薬科大学浦和校舎。入ってすぐのところに薬用植物園があります。開園期間は、自由に見学することができます。

野外植物園と温室があり、薬効のあるものないもの含めて、敷地内で約600種の植物が観察できます。多くの植物が開花する梅雨時(6〜7月)には、あちこちで色とりどりの花が咲き乱れ、見頃になります。
植物園では、触ったり、においを嗅いだりしてじっくり観察してみましょう。ただし、有毒成分を含むものがあるので、絶対に口に入れたりしないでください!



毒があるのはどっち? 学びのヒント1 「毒があるのはどっち?」
身近な毒草を探してみましょう。
ここで突然ですが、クイズです。そっくりな2枚の葉。実は一方は毒があります! さあ、どっちがどっちでしょう? (ヒント:虫に食われるってことは…?)



学びのヒント2 「触ってみよう」
これは「ムクロジ」(ムクロジ科)。神社などで見られる木で、果皮に洗剤、去痰の効用があります。実を割ってみると、ぬるぬるした泡状のものが。中の黒い種子は羽根つきの羽根の先に使われるそうです。触ってみるとおもしろい実は、まだまだありそう。
ムクロジの実ムクロジの実を割ったところムクロジの種子



学びのヒント3 「ハーブをさがそう」
ラベンダー(左)とサンショウ(右)ラベンダー(シソ科)、セイヨウハッカ(シソ科:洋名はペパーミント)、サンショウ(ミカン科)など、芳香があり食用にもなるハーブが多く見られます。探してみましょう。


薬用植物園の施設案内
http://www.kyoritsu-ph.ac.jp/guide/urawa_2.html
※開園日:3月〜11月の月〜金曜日
※開園時間:9:30〜16:00
 なお、大学の都合(長期休暇など)で閉園することがあります。
※見学:無料、申込不要。ただし、20名以上の場合は事前申し込み必要。
※アクセス:大宮駅東口からバス30分。


守富邦明さん 植物園の守富邦明さん
「スイカやウリなど、ツル性の植物はあんまり手をかけ過ぎるとうまく育たないんだよね。自由に這わせてやらないとね。」「春になったらぜひ見学にいらしてください。」


(1の答え)
左が毒のある「ジギタリス」(ゴマノハグサ科)。薬効:強心利尿料。右は「ヒレハリソウ」(ムラサキ科)。


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