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学問のすゝめ21 メルマガ

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特集「知ること、そして立ち向かうこと。正義の一歩先へ」フィリップ・オステン准教授

戦争は決して過去のことではなく、今こうしている間にも世界のあちこちで悲惨な事件が起きている。しかし、長く苦しい歴史を経て人類はようやく大きな一歩を踏み出した。国際刑事裁判所(ICC)の設立だ。日本は2007年10月に締約国になったばかり。
「そもそも国際刑事裁判所とは」というところから、今後日本の担うべき役割について、国際刑事法の若きプロフェッショナル、フィリップ・オステン准教授に伺った。 (インタビュー:2007/11/28)


  ▲オステン准教授からのショートメッセージ

< 目次 >

記録映画カルラのリストを考える開催


国際刑事裁判所(ICC)とは何か

先日、日本が国際刑事裁判所(ICC)の締約国となったというニュースを目にしました。まず、「国際刑事裁判所(ICC)」とは何なのか簡単に説明していただけますか?

ICCは、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」を行った個人を国際法に基づき訴追・処罰するために2002年に発足した史上初の常設の国際刑事裁判所です。現在は、オランダのハーグに設置されています。2007年12月現在、105ヵ国が締約国になっており、日本が105番目の締約国です。
訴追の対象となっている犯罪は、「集団殺害犯罪(ジェノサイド)」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」および「侵略犯罪」の4つの中核犯罪です。なお、最後の「侵略犯罪」については、まだ定義が明確でないため管轄権が及んでいません。

ICC設立までの歴史的経緯をかいつまんでご説明しますと、長い間、戦争の後は戦勝国が一方的に負けた国の処遇を決める、ということがまかり通っていました。それが、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判、東京裁判という2つの国際軍事裁判では、もちろんさまざまな批判があることは確かですが、少なくとも法廷で裁くという段階には至ったわけです。
それから約40年を経て、旧ユーゴスラビア紛争ルワンダにおける大量虐殺をきっかけとして、それぞれの事態を扱う特設の国際刑事法廷が設置されました。この2つの法廷では重要な判例が数多く示されています。
これらの歴史的事件の経緯をふまえたうえで、1998年にICCの設立を謳った「国際刑事裁判所に関するローマ規程」が採択されました。個人を国際法に基づいて裁く、常設の国際刑事裁判所が設置されることになったのです。「力の支配」から、「法の支配」へと移行したと言えると思います。



ICCが他の国際刑事法廷と違うのはどういうところでしょうか。

まず、ニュルンベルク裁判、東京裁判では「事後法の適用だ」という批判がありました。つまり、後で制定された法律で処罰するという意味です。あらかじめ定めておかなければ刑罰を科すことができないということを法律用語で「罪刑法定主義」と言いますが、それに反しているという批判です。

1990年代に旧ユーゴスラビアとルワンダの問題のために設置された2つの国際刑事裁判所は、あくまで一時的なもので、特定の地域・期間を対象とした裁判所でした。それでも、国際法に基づいて個人が訴追・処罰され得るという認識は、40年前に比べて浸透してきたと言えます。

その後、国際法上の最も重大な犯罪を行った個人を不処罰のまま放置することは許されないという認識が益々強まり、ICC設立条約の採択(1998年)に結びつきました。これに基づいて、ICCは、常設の司法機関として設置され、また、その対象を条約発効後に起きた事件に限定することによって、罪刑法定主義に反するのではないかという以前からの批判を回避しつつ、戦争犯罪や大量虐殺の抑止力としても機能できるようになったのです。



国際司法裁判所(ICJ)という名称を聞いたことがありますが、それとはどう違うのでしょうか?

ICJは同じくオランダ・ハーグにある1945年に設置された国際裁判所で、国家間の紛争を解決する法廷です。対して、ICCは個人を裁く裁判所であり、国内法で言うところの刑事事件を扱う裁判所に類似するものです。
国内法では刑法がありますが、国際的な刑法の法典というのは存在しません。けれども、前述の4つの中核犯罪のような「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」をICCが扱うことになっています。



我々の身近な出来事で言うと、今年9月にミャンマーでジャーナリストの長井健司さんが反政府デモの取材中に射殺されるという事件がありました(注)。あの事件を例にとって、ICCが扱う対象になるのか、あるいはならないのか、教えていただけますか?

私の考えで言うと、対象になりにくいと思います。ICCは真の意味で世界中すべての個人を裁けるわけではありません。原則として、犯罪行為が行われた国と犯罪を起こした者(被疑者)の国籍がある国のどちらかがICCの締約国でないと管轄権が及びませんが、ミャンマーは現時点でICCに加入していません。

ICCで裁判を開始するためには、主に次の3つの手段があります。
(1) 締約国がICCに付託
(2) 検察官が職権に基づいてICCに付託
(3) 国際連合安全保障理事会(国連安保理)がICCに付託

ミャンマーでの長井さんの事件の場合、日本が直接ICCに付託することはできませんが、(3)の安保理がICCに付託するという方法が残されています。この場合は、ミャンマーが締約国でなくても管轄権が及びます。しかしその場合も、「長井さん射殺事件」という一つの事件ではなく、「国家権力によるミャンマー全体の人権侵害」という状況を付託することになるでしょう。ただ、ICCは最も重大な事態を扱うことしか想定していないので、ミャンマーの事態が要件を満たすかどうかは、私には分かりかねます。

ICCは万能ではありません。本来は各国の国内法で被疑者を処罰するのが基本ですが、それを行う能力や意思がない場合にはじめてICCが捜査・訴追を開始します。そういう意味では、「ICCが裁く事案がなにもない」というのが理想でしょうね。
一方で、ICCが存在するということ自体が抑止力につながっていることは確かです。今のICCは理想型ではないけれども、40年前に比べれば、かなり高度に発展したと言ってよいのではないのでしょうか。



ICCはなんでも解決できるスーパー裁判所ではないということなのですね。それでは具体的にICCの裁判ではどういった判決が下って、どこで刑が執行されるのでしょうか。

ICCでの最高刑は無期刑です。それ以外には有期刑や罰金刑などがあります。拘禁刑などの刑の執行は、受刑者の受け入れを表明した締約国の施設を利用して行われます。

 

新しい分野のパイオニアとして

日本は今年10月、105番目の加盟国となりました。先生はこれまでどのような活動をされてきたのでしょうか。

一つは、まず「国際刑事法」というものがあることを学会でアピールすることが重要だと考えて、大学院生の頃から毎年日本刑法学会で国際刑事法に関するワークショップ(分科会)を開催するように仲間を集めて働きかけていました。最初は関心のある人は少なかったようですが、今では毎回きちんと開催されています。

私は、国際刑事法というのは国際法と刑法の対話があって初めて学問として成り立つと思っていますので、両者からの理解を深めていくことができたら、と思っています。
その一環として、私個人が行ったことの一つは、2004年に日本で初めてゼミ単位で国際刑事法を扱うゼミを立ち上げたことです。1年遅れて法科大学院(ロースクール)のカリキュラムにも国際刑事法のコースが2つ新設され、ワークショップも開催されるようになりました。また、昨年にはICCの判事を招聘しての国際シンポジウム「国際刑事裁判所の現在と未来−その意義、実績そして挑戦−」を開催し、学外からも多くの方にご参加いただきました。

私が法学部の大学生だった当時、1990年代半ばですが、その頃には「国際刑事法」という学問領域は存在していませんでした。国際法と刑法に分かれていて、その2つが交錯する「国際刑事法」に興味を示す人はとても少なかったのです。1998年にICCが常設されることが決定し、そこでやっと人類の長年の念願が実を結んだのですが、その頃になってようやく「国際刑事法」という分野ができてきました。つまり、とても新しい学問の分野だと思っています。



先生が法学、それも国際的な法律の分野をご専門にされたのは、どういった経緯だったのですか?

私はドイツ人ですが、中・高・大学の言わば多感な時期を日本で過ごし、学生時代から歴史に興味がありました。祖父が第二次世界大戦当時、ドイツの国防軍の将校で、捕虜となった経験があったので、収容所の話を小さい頃に聞いたことも背景となり、戦争という現象はどういうものなのかと興味を持っていました。大学の学部と博士課程の論文では、ニュルンベルク裁判と東京裁判の比較をテーマとして書きました。日本で「法律」というと本場はドイツというイメージがあるかもしれませんが、逆にドイツ人の私が日本で法律を学ぶのは私にとっては自然な流れだったように思います。



日本がこれからICCに貢献できることはどのようなことだとお考えですか? また、慶應義塾が担っていくべき役割についてもお考えをお聞かせください。

日本はICCの分担金の約2割(2008年には約30億円)を負担することになっています。これはもちろんICCでは大変大きな割合を占めるのですが、金銭的負担だけではなく、先ほど話に出ました受刑者受け入れ表明をするとか、とりわけ判事やスタッフといった人材を提供するという貢献もできるのではないかと思います。もちろん、ICCのスタッフとなるためには、専門知識は当然のこととして、国際的視野を持ち、語学力にも長けていなくてはなりません。

慶應義塾は、この分野では先導的な大学です。法科大学院には国際刑事法の講座がありますし、再来年からは学部レベルでも講座が始まります。私が国際刑事法のゼミを開設した当初は学生の人数も少なかったのですが、最近はかなり人数が増え、関心が高まっているのを感じます。今後もこの分野のパイオニアとして、ぜひ国際的な刑事法廷の場で活躍できる優秀な人材を育成し輩出していきたいと思っています。

 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 / ライター 薗 美冬


プロフィール

フィリップ・オステン准教授 フィリップ・オステン Philipp Osten
1973年ドイツ生まれ
慶應義塾大学法学部法律学科 准教授
ドイツ弁護士、法学博士
主な研究対象は、現在の「国際刑事法」全般。
オステン研究会
http://www.clb.law.mita.keio.ac.jp/ostenseminar/


【関連団体・シンポジウムなど】
国際刑事裁判所(ICC)
なお、11月30日、裁判官の補欠選挙が行われ、斎賀富美子・人権担当大使が当選した。日本人が選出されるのは初めて。

国際刑事裁判所(ICC)に関する国際シンポジウム
「国際刑事裁判所の現在と未来−その意義、実績そして挑戦−」



【オステン准教授のお勧めの本・映画】
「カルラのリスト」
スイス人女性検事を描いた映画。旧ユーゴスラビア国際刑事法廷の主席検事に任命された。

「ホテル・ルワンダ」
ルワンダ大虐殺当時の実話をもとにした映画。この映画の主人公のモデルは、実際に自分が働いていたホテルに1200人もの人をかくまったという。

『生かされて。』 (PHP研究所、イマキュレー・イリバギザ著、2006年発行)
1994年にルワンダで起こった大虐殺を生き延びた女性の手記。
※2006年11月、慶應義塾大学法学部政治学科主催による「『生かされて。』著者イマキュレー・イリバギザ氏講演会」を開催したときの模様はこちらのページをご覧ください。 http://www.keio.ac.jp/campusnews/061130.html




学びのタネ

「記録映画『カルラのリスト』を考える」 を開催しました

旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所 主席検事 カルラ・デル・ポンテの姿を追跡したドキュメンタリー映画を通して、「戦争犯罪を裁く」とはどういうことなのかを考えました。
詳細は、「記録映画『カルラのリスト』を考える」イベントページをご覧ください。
http://keio150.jp/events/2008/20080118.html




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