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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.6 渡辺 久子

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

特集バックナンバー
特集「乳幼児から『人間学』を学ぶ」渡辺久子専任講師

さまざまな問題が山積する現代の社会。「すべての物事の根幹に『人間への温かな眼差し』が必要」と説くのは、慶應義塾大学病院で乳幼児の精神医学を専門とする渡辺久子専任講師。
乳幼児との対話がなにより好きだという先生は、人と人との触れ合いを音楽に例える。また、「人間を知るとすべての『生』という奇跡への感謝でいっぱいになる」とも。なぜ「乳幼児」がそれほど重要なのか、なぜ人との触れ合いが音楽的なのか、その理由を伺った。(インタビュー:2008/2/7)


  ▲渡辺久子専任講師からのショートメッセージ

< 目次 >


「医学」にも「音楽」と同じ「人と人との響き合い」を予感した

先生は児童精神医学がご専門ですが、この分野に進まれたきっかけは?

医学を学ぼうと決心したのは高校2年生の終わり頃でした。サラリーマン家庭に育ち、ミッション系の高校に通い、ピアニストになる夢を持っていました。しかし同時に、人間の生というものにも興味を持っていたのです。進路を決めるにあたり、自分の好きなものを考えたときに、「音楽」や「人との対話」だと思い、「音楽的な響き合い」がある職業ってほかになにがあるかな?と考えたときに、医師もそうだと思い、挑戦してみようと思ったのがきっかけです。



大変ダイナミックな進路転換ですが、医師への道は、すんなり開けたのでしょうか?

女性の職業が限られていた時代ですから、両親からはそれはもう、大反対にあいました。今になって思えば、反対されたからこそ「やるぞ!」と意地になって進めたのかもしれませんね。医学部を受けるだなんて周りの友達にも言えませんでした。両親から1年限りというチャンスをもらい、理系の受験勉強もほとんど独学でやり遂げ、医学部に合格したことで道が開けました。



ところで、医師が「音楽的」というのはおもしろいですね。

人間そのものが「音楽的」と言えると思います。例えば赤ちゃんとお母さん。お母さんが赤ちゃんをあやすと、赤ちゃんが声をあげて返事をします。赤ちゃんとお母さんで一つの音楽を奏でているようです。ここでおもしろい実験結果があります。お母さんと赤ちゃんに、モニターを介してやりとりしてもらいます。「アー」と言えば「アー」と返ってくる、自然なリズムです。このときのお母さんの顔をビデオに録画しておいて、あとから、パッと録画した数分前のお母さんの映像に切り替えると、赤ちゃんはびっくりして緊張し、表情をなくしてしまいます。つまり、赤ちゃんは生身のお母さんが「今」のリズムに反応していることを理解していて、人工的なものは「違う」と見分けることができるんですね。
人間というのは、そういう生身の「響き合い」です。大人の社会でも同じことだと思いますよ。

コミュニケーションの不足が、心のチューニングを妨げている

現代は、ビジネスの世界でも、コミュニケーションをめぐってさまざまな問題が起きていると聞きますが、先生のお考えは?

ビジネスの世界では、パソコンに向かってばかりということが多くなっていますね。そうではなく、直接向かいあって目と目を合わせてみて、と言いたいですね。目の持つ力はとても大きいですよ。それから、研修などでは取り入れているところもあるようですが、手を握り合ったり、本気で指相撲をしてみるのもいいです。手の温度には心が表れます。例えば、辞表を提出しようと思っているとか、命を絶とうと思っているとか、本当に切羽詰った状態の人の手は、びっくりするほど冷たいものです。最近、奥様、あるいは旦那様の手を触っていますか? ぜひ、頻繁にご家族の方の手に触れて、温度を確かめ合って欲しいと思います。



若者の世界では、夜遅くまで繁華街でたむろしている若者が多かったり、引きこもりになってしまったりと、こちらも問題が多いように思います。

そもそも大人が心のチューニング怠っているのが問題だと思いますね。ここで言う心のチューニングというのは、自分の深いところにある本音を見つめることです。大人がしっかり自分を知らないから、そういう家庭で育つ子どもも不安定になるのです。自分を知ることができなければ、他人を知ることもできません。お互いの違いを知る訓練をするのが、家庭だと思います。 お互いの違いを知れば、「あ、水と油だね。じゃあ、完全に混ざるのは無理だけれど、ドレッシングのようによく振ることで、それぞれの良さを活かすことができるね」という具合にコミュニケーションをうまく取れるようになるのではないでしょうか。
まずは、みなさんにこのことを知って欲しいし、人間学を分かっている人にリーダーになっていって欲しいな、と思います。

今必要なのは、他人へのあたたかい眼差し

さて、ご専門の子どもの問題に戻りましょう。子育てをめぐる環境も、少子化、虐待など、いろいろな問題を抱えていますね。

世界的に見ても、ロンドン、パリ、ニューヨークなど都市に住む母親の産後鬱の割合は13%と、とても高くなっています。今はとてもお母さん、特に都市に住むお母さんの状態がよくないですね。

乳幼児期というのは嵐のように成長するときなんです。脳が成長する直前というのは、いわゆる「キレやすい」状態になるのですが、赤ちゃんだってむずかって扱いにくくなります。生まれてから1歳半になるまでに10回くらい、嵐のような成長の山や谷があるんですよ。そんなときにお母さん一人で、しかも密室で向き合うなんて、無理ですよ。お父さんがいて、お母さんを支えてあげなければ。
脳が成長する前の、嵐のような状態というのは、思春期のときにもやってきます。思春期に吹き荒れる嵐は、一人前になって社会へと巣立つための「社会的な陣痛」とでも言いましょうか。この時期は特にお父さんがしっかり受け止めてあげることが望ましいですね。

日本のお父さんたちに言いたいのですが、ビジネスの世界で日々を忙しく過ごしているのは、非常にもったいないことです。脳が成長している赤ちゃんと子ども、そして思春期の若者と対峙することで、自らの人間性も育てられるのですよ。赤ちゃんの中に人間のすべてがあるんです。早くお家に帰って、お子さんやお母さんと触れ合って欲しいと思いますね。



読者のなかには、現在子育て中ではない人も大勢いると思いますが、そういう大人が、今できることはなんでしょうか?

私は戦後ベビーブームに生まれた子どもですが、その頃、日本の大人たちは「よく生まれてくれたね」と、私たちをあふれんばかりの喜びに満ちた目で見つめてくれていました。今、そういった「大人から子どもへのあたたかい眼差し」が不足しているのではないか、と思っています。
例えるなら、女性の「子どもを産みだす力」は、母の胎内の羊水と子宮壁の共同作業です。胎児に寄り添い24時間暖かく包み続ける羊水は母性そのもの。胎児を外敵から守り続け、誕生の時にはしっかりと押し出す子宮壁は父性そのものです。このように、男性と女性が力をあわせ父性と母性を一枚岩にして、社会の子どもたちを立体的に支えてあげたらいいんじゃないでしょうか。お子さんがいらっしゃらなければ、近所の子どもたちにやさしい眼差しを向けてあげて欲しいと思います。まず手始めに、通りすがりの若者や子どもに「にこっ」と会釈をすることから始めてみませんか?常々思っているんですが、日本人の他人との会釈は下手ですよね。あなたが生きていてくれてありがとう、そう思えば、道行く人もいとおしく思えてきますよ。

今年8月に横浜で、私が日本組織委員会の会長を務める「世界乳幼児精神保健学会」の第11回世界大会が開催されます。世界の一流の先生方が、大勢、このアジア初めての会に来日し、一般の方々にも分かりやすい形式で講演をしてくださる、とてもすばらしい機会です。子育て中のお父さんお母さんはもちろん、子育て中ではない方にも参加していただきたいと思っているので、ぜひ会場にいらしてください。

人間同士が響きあい、音楽の音色のように真心が広がっていく。そんな社会も、私たちが少しずつ変われば、実現できると思いますよ。

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 /ライター 薗 美冬


プロフィール

渡辺久子専任講師 渡辺 久子
慶應義塾大学医学部を卒業後小児科、精神科、神経内科、精神分析を学び専門は小児精神医学、精神分析学、乳幼児精神医学。
現在慶應病院小児科で思春期やせ症、被虐待児、人工受精で生まれた子ども、自閉症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、工業化社会の複雑な葛藤に生きる子どもたちを治療的に支援している。
平成20年8月1〜5日に横浜パシフィコでアジア初の世界乳幼児精神保健学会第11回世界大会を開催し、日本組織委員会の会長を務める。


【関連イベント】
創立150年記念講演会「学問のすゝめ21」
鹿児島会場 「子どもを育む社会づくり」
2008年3月22日(土) 入場無料・申込み受付中


【渡辺専任講師のおすすめの本】
『母子臨床と世代間伝達』 (金剛出版、渡辺久子著、2000年発行)
長年臨床現場で子どもと向かってきた先生が、「子育てには親自身の受けた育児体験が影響する」ということを実感し、まとめた書籍。

『抱きしめてあげて―育てなおしの心育て』 (太陽出版、渡辺久子著、2005年発行)
29の症例をあげながら、「子どもの心に寄り添うことこそがすべての解決につながる」と語る。特に子育て中の人には必携。




学びのタネ

学会に参加してみませんか?

第11回世界乳幼児精神保健学会世界大会パンフレット
大会パンフレット
(PDF 580K)

2008年8月にパシフィコ横浜で、世界乳幼児精神保健学会の第11回大会が行われます。
赤ちゃんの健やかな心の発達を促進することを目的としたメンタルケアの国際的な学会で、アジアでの開催は初めてとなります。会場には託児所を設けるなど一般の方でもお越しいただけます。また、誰でもわかる普通の言葉で深い内容を話し合うことがこの学会の特色で、同時通訳も充実しています。是非ご参加ください。なお、実行委員会委員長は今回の特集にご登場いただいた渡辺先生です。

第11回世界乳幼児精神保健学会世界大会
2008年8月1日(金)〜5日(火) パシフィコ横浜にて開催
http://waimh-japan.org/2008/index.html


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