トップページサイトマップEnglish site

慶應義塾

トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.7 相場 博明

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

特集バックナンバー
特集「本物を体験することの大切さを見直してほしい」相場博明教諭

情報化社会の到来で、今、世の中は高品質なコンピューター・グラフィックスやバーチャルリアリティーが氾濫している。教育の現場にも手軽に疑似体験ができる便利なツールとして、デジタル・データがどんどん入ってきている。しかし、本当に手軽な疑似体験に甘んじてもいいのだろうか?
こんな疑問に対して「どんなにリアリティのある間接体験を積んでも、直接体験に勝るものはない」と語るのは、慶應義塾幼稚舎の相場博明教諭。小・中・高にわたる教育現場での経験を通じて、直接体験の大切さについてお話いただいた。 (インタビュー:2008/3/10)
(編集部注:慶應義塾幼稚舎は小学校にあたります。)


  ▲相場博明教諭からのショートメッセージ

< 目次 >


「採集」は理科の原点。そして、人間の原点でもある

先生は理科教育がご専門でありながら、古生物学の研究も続けていらっしゃいますが、この分野にすすまれたきっかけは?

私は栃木県の足尾銅山の近くで生まれ育ちました。鉱山で働いていた叔父からよくお土産で大きな黄銅鉱や水晶などをもらっていましたし、道端にはホタル石など珍しい石が落ちていたので、集めていました。今から思うと、私が古生物学、つまり化石に興味を持ったのは、こんな幼少時代の体験に原点があるのだと思います。



教師としてのスタートが慶應高校、その次が公立の中学、そして慶應幼稚舎と、小・中・高にわたるご経験をお持ちですが、どの段階の教育に魅力を感じますか?

子供はどの発達段階でもそれぞれの魅力があるし、いずれの段階も重要だと思っていますが、私の専門である理科教育という視点で言うなら、初等教育の段階がとても大事だと感じています。というのも、「理科」とは自然の事象に直接触れることを通して学ぶ教科なのですが、中学・高校になると受験の関係で、どうしても本物の自然に触れさせることが難しくなっていきます。それに比べて、小学生の間は十分に時間をとることができます。特に幼稚舎のような一貫教育校においては、小さい時期に本物の自然をたくさん体験させることができますね。こういった面から、ある意味において本質的な理科教育ができるのは、初等教育の段階だろうと思うのです。



最近、子供達の「理科嫌い」が問題になっています。大学でも理系の学部の人気がないと聞いていますが、初等段階で理科に関心をもつ指導ができれば解決できるとお考えですか?

そうだと思います。子供は本来、集めることが大好きです。私も子供のころよく石を集めましたし、昆虫採集もやりました。人間は、採集を縄文・弥生時代からやってきました。おそらく、「採集は人間の原点」なのだと思います。 幼稚舎の理科教育の1つの目的は採集です。私はこれを「採集理科」と名づけています。昆虫採集については、自然保護の視点から良くないと言われますが、人間が採集して絶滅する昆虫なんていません。人間が環境を破壊するから絶滅するのです。だから、私達は子供達に「どんどん採集しなさい」と言っています。
小学1〜2年生に石を与えるとものすごく喜んで集めます。でもこの段階では「きれい」とか「重い」という感想は持っても、まだ石の細かい違いには気がつきません。ところが3〜4年生くらいになると、細かい違いに気がつき始めます。このころの子供達に貝殻を与えると、模様や穴の有無、形の違いなどを観察して、たいへんな勢いで名前を覚えます。観察から、特徴の相違を認識し、それを分類し命名するという一連の作業は、まさしく「科学の基礎」にあたるのです。

ページトップへ戻る

どんなにリアルな「間接経験」も、「直接経験」にはかなわない

小学3〜4年生で科学の基礎に目覚めた子供達は、その後、どういうふうに育っていくのでしょうか?

私の経験から言うと、次の大きなステップが小学6年生〜中学1年生くらいにあるように感じます。このころになると、教科書で習ったことではなく、自分が興味あることをテーマに、自ら熱心に調査し、かなり立派な自由研究としてまとめあげるようになります。その姿は完全に小さな科学者です。こうなるためにも、3〜4年生くらいの第一段階で「科学の基礎」に目覚めることが大切です。
実際、理科系に秀でた卒業生の小学生時代を振り返ってみると、植物採集が大好きだったとか、貝殻集めが大好きだったなど、何らかの形で採集に熱中していたことが多いと思います。



直接経験の大切さについてはわかっていても、都会に住んでいるとなかなか自然と触れることがはきません。その代わりに疑似体験できるものとして、コンピューターなどバーチャルなツールが登場していますが、それについてはどうお考えですか?

今、教育の現場にもたくさんのデジタル・データが入り込んできています。国としてもそういうものを取り入れた教育を奨励しています。そして、現場の先生達もバーチャルなツールを利用することで理科教育をしていこうとする風潮があります。
しかしながら一方で、『理科教育は自然の事象に直接触れることが基本なのに、デジタル・データによる間接経験で、果たして目的を達成できるのか』ということが、今、非常に大きな問題になっています。私自身は、やはり間接経験は直接経験にかなわないというのが結論で、しかも、低年齢時にこそ直接経験をたくさん重ねるべきだろうと考えています。



「間接経験は直接経験にかなわない」ということを裏付ける調査をされたとお聞きしました。

はい、星空の勉強をするのに「本物の星空とプラネタリウム、どっちがいいいか」と聞く調査をしたことがあります。幼稚舎の場合は幸いなことに、5年生、6年生の子供達を長野県の立科に連れて行って、そこですばらしい星空を全員に見せます。本物の星空を観察し、流れ星や人工衛星などを目の当たりにした子供達は、素直に感動します。そういう経験をした子供達にアンケートをとると、「本物の星空がいい」と答えます。しかし、本物の星空を見たことのない子供達は「プラネタリウムがいい」と答えるのです。実際に公立と幼稚舎の6年生を比較したアンケートの結果、本物を支持する子供達が、公立の6年生は30〜40%なのに対し、幼稚舎の6年生は90%以上でした。
それから、カエルの解剖。教科書からは無くなっていますが、幼稚舎では毎年必ずカエルの解剖の授業があります。どんなにリアリティのある写真やビデオがあっても、切ると血が出るとか、触ったときの感触といったものは、本物でないと感じることができません。生命を犠牲にしても余りある学習効果があると私達は考え、授業の前になぜ解剖をやるのかを子供達に説明し、納得させた上で実施しています。そして事前と事後にアンケートをとるのですが、事前のアンケートでは半数以上の子供が、「やりたくない」「かわいそう」と答えます。しかし、事後になると、9割以上が「やってよかった」「すごい勉強になった」と答えるのです。
「実物がいいに決まっている」という言い方をする方は多かったのですが、それを今まで科学的に裏付けてこなかったので、説得力に欠けていました。でもこのようなデータで裏付けることができれば、直接経験が欠かせない分野や、間接経験で代用できる分野がわかってくると思うので、いろいろなケースで検証していきたいと思っています。

ページトップへ戻る

身近なところに自然はある。子供はもちろん、大人にも「直接経験のすすめ」

子供だけでなく、大人、特に都会で生まれ育った若い人も、直接経験が少ないように感じます。そのような人達は、直接経験のよさになかなか気がつかないのではないでしょうか。

そこが問題でして、先ほどお話したプラネタリウムのように、本物に触れた経験がないと間接経験で満足してしまいます。そのような人達に直接経験の良さを知ってもらうには、直接経験をしてもらうしかないですね。実際に本物の自然に触れると、価値観が変わることが多いです。
私が中学教師をやっていた時代に、琥珀が見つかるところが近くににあったので、生徒をそこによく連れて行っていたのですが、一度だけ、お母さん達を連れて行ったことがあります。そんな身近に琥珀があるなんて皆さん誰も知らなくて、ものすごく夢中になってしまいました。「やめてください」と言っても、ずっと掘り続けていたのには驚きました。このような例もあるので、まずは本物に触れてみることをおすすめします。



今は身近なところに自然が減ってしまい、直接経験をする場が少なくなっています。これを補うためにどういった方法がありますか?

自然が少なくなってきたと言われますが、実際はそうでもありません。東京にだって自然はまだまだたくさんあるのに、気がついていないだけなのです。たとえば、多摩川。化石がたくさん出ますよ。幼稚舎のビオトープでは、梅が満開になるとメジロがやってきますし、近くの有栖川公園では、今の季節だとウグイスがやってきて、ものすごく下手くそに鳴いています。忙しさから身近な自然に気がついていないことも多いはずです。
桜の花見にしてもにぎやかに宴会をするのではなく、静かなところで桜の花だけでなく、周りにどんな花が咲いているか、どんな鳥がやってくるのか、といった視点で楽しむと、今までとはひと味もふた味も違う花見になると思いますよ。
最近は、直接経験の大切さが少しずつ見直されているようで、博物館などでやっている科学教室は大人気です。ただ残念なのは、物理化学系の実験教室は多いのですが、外に出てやる観察会などはまだ停滞しています。私自身は自然と直接触れあえる野外観察会のようなものも大事だと思っていますので、もっと増えるといいですね。もしも身近に野外観察会があったら、お子さんだけでなく大人の方もどんどん参加してみてはいかがでしょうか。

ページトップへ戻る
インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 / ライター 粕谷 知美


プロフィール

相場博明教諭 相場 博明
慶應義塾幼稚舎 教諭 博士(教育学)
1999〜2002年度、2006〜2007年度の計6年間、慶應義塾幼稚舎主事(副校長)を務める。
専門分野:理科教育学、古生物学(植物化石、昆虫化石、長鼻類化石)
所属学会:日本地学教育学会(常務委員)、日本理科教育学会、日本地質学会、日本古生物学会、日本植生史学会、日本鞘翅学会
『ポップコーンの科学』(さ・え・ら書房)、『使い切りカメラの実験』(さ・え・ら書房)、『岩石・化石のなぞ』(岩崎書店)など児童向け書籍を多数出版。
2001年12月に東京都八王子市から約200万年前の新種のステゴドンゾウの化石を発見する。


探訪 慶應義塾幼稚舎「サイエンスミュージアム」

幼稚舎サイエンスミュージアム(剥製)幼稚舎の中にある「サイエンスミュージアム」。40種類ほどの剥製や骨格標本が並ぶ。理科の授業に利用されるだけでなく、図工の素材になることもある。取材した日も児童が1人、剥製の前に座り、熱心に写生をしていた。


幼稚舎サイエンスミュージアム(骨格標本)展示されているものと同じくらいの数の剥製や標本を保管している。現在幼稚舎では、150年記念事業の1つである「未来先導基金」を利用し、このサイエンスミュージアムの整理・拡充をはかっている。


幼稚舎サイエンスミュージアム(水族館エリア)サイエンスミュージアムの水族館エリア。貝殻、アザラシ、ワニなどが展示されている。ここにある貝殻を見て名前を覚える「貝検定」は、児童に人気。すべての検定に合格すると、140種類の貝を覚えることになる。


相場先生が八王子で発見した象の牙の化石相場先生が八王子で発見した象の牙の化石。形質や大きさ、生存時期から、約200万年前に生息していた新種の象であることがわかった。この成果は近々、イギリスの学会誌に発表される。





学びのタネ

国立科学博物館 上野本館(東京都 上野公園内)

化石に限らず多種多様な「本物を体験する」ことができるのが上野の国立科学博物館 上野本館。屋外にあるシロナガスクジラの模型で「全長30m」の迫力を実感しながらエントランスへ。
現在開催中の特別展「ダーウィン展」は、2005年から06年にかけてアメリカ自然史博物館(ニューヨーク)で開催され、好評を博したもの。また、生物、地球、宇宙、と多岐にわたる常設の展示も見逃せない。


木の葉化石園(栃木県那須塩原市)

幼稚舎で人気のある授業の1つが、小学6年生を対象とした「化石探し体験」。木の葉化石園から化石が入っている可能生が高い岩石を取り寄せ、割って化石を探す。
※塩原は、第三紀中新世(今から1000万年ほど前)の貝類や、第四紀更新世中期(今から数十万年前)に堆積した地層の中に含まれる「木の葉石」など、化石の産地として有名。木の葉石からは、過去に植物、昆虫、魚、カエル、ネズミなど多数の化石が見つかっている。


特集バックナンバー

vol.30

vol.29

vol.28

vol.27

vol.26

vol.25

vol.24

vol.23

vol.22

vol.21

vol.20

vol.19

vol.18

vol.17

vol.16

vol.15

vol.12

vol.11

vol.10

vol.9

vol.6

vol.5

vol.4

vol.3

vol.2

創刊号