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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.10 慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部三田会

学問のすゝめ21 メルマガ

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特集「歩いて体験する広がりと奥行き」慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部三田会

 

「歩く」。我々が日頃何気なく行っているこの行為に、今年、特別な意味を込める人々がいる。慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部の人々。大分県中津から東京都の慶應義塾三田キャンパスへ、リレーでつないで1500Kmを踏破する。メンバーの中には、50年前に現役大学生として同じルートを歩いた塾員(卒業生)の姿もある。
歩くことで見えてくるものとは、そして50年目の再踏破の意味とは。半世紀前に歩いた道をふたたび歩こうとしている塾員3名のお話を伺った。
(インタビュー:2008/6/4)

 

< 目次 >


予習が感性を生み、観察が学びを育む

「歩いて識る150年 “中津から三田へ 1,500Km”」というイベントが、6月にスタートしました。1500kmもの距離を歩くということですが、どんな意味がこめられているのでしょうか。

中司恭さん

(中司さん) 慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部(以下KWV)とその卒業生組織であるワンダーフォーゲル部三田会が、慶應義塾創立150年を記念して行っている行事です。福澤諭吉ゆかりの地、大分県中津から慶應三田キャンパスのある東京都港区の三田まで、現役塾生(学生)とOBが共同でリレー形式をとってワンデルング(踏破行)します。道中、各地域の三田会(慶應のOB会)との交流も行います。
50年前の1958年、「塾百年祭」の行事として中津から三田まで45日間かけて踏破を行い、我々3人は当時、現役大学生として参加しました。今回はOBとして半世紀ぶりに参加するわけですが、ふたたび同じ仲間でこの行事に参加できる機会に恵まれたことに感謝しています。



歩くことで学ばれることはさまざまだと思いますが、どのような点を重視していますか?

山室修さん

(山室さん)  私は十分に「予習」をしてから歩きます。今回は山口県を歩くのですが、事前に、例えば「山口県と福澤諭吉」、「山口県と慶應義塾」などの糸口からさまざまなことを調べます。福澤諭吉はアメリカから持ち帰った簿記の教科書を翻訳して「帳合之法」という本を出版したほど、商業に非常に関心を持っていました。「Book Keeping」という英語の音の響きに、「簿記」という漢字を当てたのが福澤だと言われています。
また、山口には下関商業高等学校という歴史ある高校がありますが、この学校の前身は赤間関商業講習所であり、初代所長は福澤諭吉の従弟の中村英吉が務めていたそうです。この人が“話すこと”や“演説”が大好きで、いわゆる雄弁部(弁論部)をつくり、それがクラブ活動や部活動の始まりとなり、今の下商野球部などの歴史につながったという話を聞くことができました。こうやっていろいろ知っていくことはとても楽しいし、そこに土地の人との会話の原点があるのではないかと思っているんです。

1500kmといっても、歩いただけでは得るものは少ないかもしれませんが、「予習」したことから現地での観察に深みが増し、その土地の方々との交流もできます。そして福澤諭吉に少なからず影響を受けた者としての、大きな意味での繋がりが確認できたらいいなと思っています。



予習して、実際に歩いてこそ初めて分かることがある、ということですね。

中島英次さん

(中島さん) 現地での観察が重要ということは、私も同じように感じています。KWVには、活動拠点となる「三国山荘」という山小屋があります。新潟県湯沢町の国道17号線沿い、三国峠の山麓にある浅貝に位置しています。今は苗場スキー場の近くと言った方がよいかもしれません。この小屋も50年の歴史があり、KWVはなにかにつけてそこを利用しているわけです。私はそこに長年通っているうちに、その場所が持つ歴史的な意義を実感しました。地図で見ただけでは山の中ですが、新潟が京都と海運で繋がっていたこともあり、かつては三国街道の宿場として賑わっていた地でした。上杉謙信が戦国時代に足がかりとして利用したことでも知られています。実際に何度も足を運んでみることで、そういった歴史的な広がりを実感することが可能になりました。そうしているうちに日本海側と太平洋側の植物の違いにも興味が出てきたところです。三国山荘という定点で観察が出来たからこそ、地理的、歴史的な広がりが感じられるようになったと思います。



三国山荘という山小屋のお話がでましたが、そもそもワンダーフォーゲルとはどのような活動なのか、教えていただけますか?

(中司さん) ワンダーフォーゲル(渡り鳥)とは第一次世界大戦後に、ドイツの青年たちの間で、自然のなかを歩くことで国土を知ろうと始まった運動で、1901年にその名がついたと言われます。1901年は奇しくも、福澤先生のお亡くなりになった年でもあります。その後、日本でも盛んになり、KWVは1935年に発足しました。ドイツは平原なのでどこまでも歩いて行けます。一方日本では、地理的にどちらに行っても山になってしまうため、「山歩き」を含める場合も多く、山岳部との違いがしばしば話題になったりもしました。団体によって違いますが、KWVは、山でも平野でもともかく「全員で」同じように歩くことを目的にしております。したがって、運動部ではなく「文化団体連盟」に加盟している団体なんです。「競技」ではないので、勝った、負けた、一軍、二軍、などの競争とも無縁ですね。

 

460人が歩いて作り上げる「虫瞰図」

山室さん、中司さんにとっての「中津から三田へ 1,500Km」の意味を伺いましたが、中島さんにとってはいかがですか?

(中島さん) 今回のこのワンデルングは「2008年現在の日本を、460人が6ヶ月かけて知ってくる」、そういう行事です。福澤諭吉が生涯のうちで大阪や江戸に向かったこの行程を歩いてみることで、福澤が道中で切り取ったものを、自分も何分の1かでいいから知ってみたいと思うのです。知識も使って遠目のまま頭で理解するのが「鳥瞰図」ならば、我々はミクロの切り口で「虫瞰図」を描きたい。新幹線でもなく飛行機でもなく、何かが起こっている場所を自分の足で歩いて、その場面の広さや奥行きを実感したいと思っています。



確か、オランダ語を習得した福澤が「世の中は英語に変わっている」と気がついたのは、今回の企画の経由地のひとつである横浜に実際に足を運び、現実を体感したことがきっかけでしたね。

(中島さん) 江戸から横浜へ行った際、開港直前の横浜で大量に溢れる英語の看板を見たり、外国人の話している言葉がまるっきりわからなかったりしたことで、「すでに世界の大勢は英語に変わっている」と驚愕したと聞いております。もちろんこれも、オランダ語という「予習」がなければ気がつかなかったことに違いありません。また、その時代の道中は刃傷沙汰も頻繁にあり、危険もあったでしょう。そういうことにも思いを馳せますね。

 

50年をまたぐリコンファーム

福澤の時代と現在の状況では、さまざな点が変わりましたね。

(中司さん) 残念なことに、福澤の時代に世の中を知るということは「プラスへの転換点」でしたが、現代は「マイナスへの転換点」、もしくは「どうやったらマイナスにならずに済むか」という状況ですね。今回行く地域でも、岩国の基地問題、地方のシャッターが閉まったままの寂しい商店街、格差社会の弊害など、さまざまな問題が取りざたされているわけですが、テレビを見て知ったつもりになるのではなく、実際に行ってみてその場の空気を実感してきたいと思います。私は長年外資系の会社に身をおいてきましたので、30年前にアメリカの会社で起きていたことが、現在日本の地方において現実になってきているな、という印象を受けています。

自然環境についても、前回塾百年祭でワンデルングをしたときに通った白砂青松が50年の間にコンクリートで固められた海岸に変わってしまった、ということもあると思います。でも、高度経済成長を引っ張って、こういう世の中を作ってきたのは私たち世代なんです。自分たちの責任を再確認する場面もあるでしょう。「学びとして歩く」というと歴史的なものをイメージしがちですが、「自分たちのやったこと」の現実と、「これからの進む道」を探る旅でもありますね。



この50年には、様々な変化がありました。同様に、人生経験を重ねたみなさんが歩くからこそ意味があるということもありますか?

(山室さん) このワンデルングは創立150年記念ということはもちろんですが、卒業して50年近く経った我々が再び歩く、ということの意味もあると思うんです。現役時代にワンデルングを行ったときには、各地の三田会のみなさまに元気をいただいた。今度は我々が各地の三田会を元気付けてまわることも必要なのかもしれない、と。三田会の状況を見ても、当時と現在ではかなり違っていると感じます。また、現役の学生とも一緒に歩き、食事をする機会もあります。そういったことから、慶應義塾という「私塾」で学んだ者同士の絆を、ワンダーフォーゲルという活動を通じて我々がリコンファームすることもあるのではないかと思っています。

慶應義塾も、我々が学生だった頃と比べると新しい学部が増えています。特に今年は薬学部という新しい仲間が加わったので、薬草のことを自然の中で学ぶという新しい楽しみが増えるのではないかと期待しています。慶應義塾の絆、あるいはもっと大きな意味で福澤諭吉の蒔いた種を受け継いだ仲間との絆を再確認することができれば、と願っています。

 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 /ライター 薗 美冬


プロフィール
左から 山室修さん、中司恭さん、中島英次さん

中司 恭
1961年慶應義塾大学経済学部卒。
在学中、ワンダーフォーゲル部ではキャプテンを務めた。

中島 英次
1961年慶應義塾大学経済学部卒。

山室 修
1961年慶應義塾大学商学部卒。

慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部(略称KWV)
1935年(昭和10年)に発足。
単に体育だけはなく広く自然に親しみ、歴史文化に学び、「心身の練磨」と「仲間の親睦」を通じて自己の啓蒙を図る団体として、当初より文化団体連盟に加盟している。
慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部・・・現役学生の団体(48名所属)
慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部三田会・・・卒業生の団体(1133名所属)


(関連イベント)
歩いて識る150年 “中津から三田へ 1,500Km”
ブログ(日誌)を毎日更新しています。
http://keio150.jp/wv/kwv150/kwv150-top.html


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