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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.16 鈴木秀樹

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

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特集 耳を開いて音を聴く。積極的受動態が心を豊かにする

 

2009年3月まで東京上野で開催された「未来をひらく福澤諭吉展」。5月からは福岡、そして大阪へと会場を移して公開される。その第一部「あゆみだす身体」でも伝えられているように、福澤は独立した個人の基盤として「身体」を重視し、頭だけではなく体で感じる学問の重要性を説いたといわれる。そこで今回は、「音を聴く」ことに着目した「サウンド・エデュケーション」を実践している幼稚舎の鈴木教諭に、「耳を聴く」ことがもたらす可能性について、お話を伺った。
(インタビュー:2009/4/6)


  ▲鈴木秀樹教諭からのショートメッセージ

< 目次 >


トランペットを吹く合間に聞こえた音風景

先生は、いつ頃から「音を聴く」ということに注目されるようになったのでしょうか。

中学からブラスバンド部でトランペットをやっていたのですが、外で練習をするときに、自分の吹く音が山にぶつかって返ってくる、その音を聴くのが好きでした。自分の音以外にも、近くを走る電車の音や鳥の声などさまざまな音が聞こえるのを、興味深く聴いていた記憶があります。室内で合奏しているときも、演奏が止まって静かになった瞬間、外で練習している野球部が練習する音やかけ声、鳥の声、木々の音などさまざまな音が入ってくるのを、不思議な感覚で聴いていました。そうした音風景が、私にとっての音の原体験になっているのかなと思います。



教師という職業を目指されたのは、どんないきさつだったのですか?

中学に入学する前ぐらいに、玉川学園の創設者である小原國芳のお葬式に偶然出くわしたことがあって、そのとき、その方の死を悼んで、ボロボロ涙を流しながら大きな声で賛美歌を歌っている大人の姿を見かけたんです。それが、教育者というものに関心を持つきっかけになったような気がします。

そんなこともあって大学は教育学部に進み、3年のゼミに入ったとき、慶應出身の先生に教育学の大家である村井実教授の本を紹介されたんです。その中にあった「人はみな、善くなろうとしている」という視点に大きな衝撃を受けました。それまでは、人間のことをそんな風には考えたことがありませんでしたから。それで、ぜひ村井先生の授業を直接受けてみたいと思ったこともあり、慶應の大学院に進みました。先生が非常勤で残っていらっしゃった最後の年だったのですが、直接教えを受けることができたのは幸運でしたね。そして、その後、縁があって幼稚舎で教えるようになりました。



 

西表島ではカラスの鳴き声も、いつもと違って聞こえる

先生が実践されている「サウンド・エデュケーション」とは、どんなものですか?

現在、幼稚舎で「サウンド・エクスプローラ部」を指導しています。いわば、音の探検クラブのようなものですね。あちこちに出かけてさまざまな音を意識して聴いたり、録音したりしています。最初の年の夏には、西表島に合宿に行きました。都会の学校では、外の音と言っても車の音ぐらいしか聞こえないので、自然の中に連れて行って、もっと違う音を聞かせてみたいと思ったんです。子どもたちは、最初はあまりの環境の違いに驚いて、「あっちを見てごらん、こんな音が聞こえるよ」などという私の指示に従っていただけでしたが、1泊2泊するうちに、「あ、あそこであんな音がする」というように、自発的にさまざまな音を見つけるようになります。だんだんと「耳が開いてくる」という感じですね。元々子どもの方が感受性が強いですから、そうなるともう、大人はかないません。

今でも忘れられないのは、「ここで聞くと、カラスの鳴き声も優しく聞こえるね」と、子どもがつぶやいた一言。違う場所に連れてきただけでこんなにも感性が変化するとは、私自身も予想していませんでした。私の方から感想を求めたり働きかけをしたわけでもないのに、こんな言葉を自ら発するとうことは、きっと子どもたちの内面ではもっと大きな変化が起きているに違いないと確信し、この活動をずっと続けていこうという意を強くしました。この一言は、今でも私を支える言葉として心に深く残っています。



私たちは、普段、意識して「音を聴く」ということがあまりありませんよね。

最近は高精細な動画などもたくさん見られますが、そういうものは、ぼーっと見るだけに終わってしまいがちです。それに比べて意識して音を聴くという行為は、ある種の集中力を引き出すことにつながります。サウンド・エデュケーションの活動を通して気がついたことなのですが、集中して音を聴いているときというのは、いわば「積極的受動態」という状態なんです。これは、人の心がどういう状態であるかを表わすのに、縦軸に積極的と消極的、横軸に能動態と受動態を取って整理してみた考え方です。

 



たとえば、サッカーのゴールを決めて喜ぶというのは(1)の「積極的能動態」です。一方、大掃除をするというのは(2)の「消極的能動態」。本当はやりたくなくて消極的だけれど、体は動かしているので能動態です。そして、つまらなくて「早く終わらないかな」と思っている会議に出ている時などは(3)の「消極的受動態」です。これに対して、集中して音を聴いているときは、動きとしてはじっとして聴いているだけなので「受動態」ではあるけれど、どんな音がするか耳を澄ませている姿勢は「積極的」なので、(4)の「積極的受動態」だというわけです。

考えてみると、私たちの生活の中では、この「積極的受動態」という状態にいることはほとんどないんですね。一生懸命授業を聞いているときも、そこには「聞いてもらおう」という教師の側からの働きかけがあるので、「積極的受動態」とはちょっと違います。その点、自然の中で音を聴いているときは、鳥や海が「聴いてくれ」という意図で音を発しているわけではありません。聴く側が「真剣に聴く」モードになることで、初めて「積極的な受動態」になれるのです。そういう、日常ではあまりない「積極的受動態」のモードになることが、心の動きを豊かにし、感性をよりよい方向に刺激するのだと考えています。

 

「ゆるやかなインプット」の必要性

先生は、この活動を通して「インプットの必要性」を唱えていらっしゃいますよね。

「サウンド・エクスプローラ」部の活動では、私は基本的にアウトプットを求めないことにしているんです。日頃の学校生活というのは、試験の点数や50m走のタイムなど、何かとアウトプットを要求することばかりです。ですが、私はもっとインプットに特化した教育が必要ではないかなとずっと感じていました。それも、すぐに役立つ知識や技能ばかりではなく、あのとき見た絵、あのとき聞いた音が、後になって生きてくる、そういう「ゆるやかなインプット」をたくさんさせたいと思うんですよね。



アウトプットばかり要求される状況は、大人にもあてはまりそうですね。

大人の仕事こそ、成果を要求されることが多いですからね。でも、アウトプットをするということは、誰かそれをインプットする人がいて、その人に向けてアウトプットしているわけですよね。ということは、アウトプットする方も、相手はそれをどう受け取るのかを考える必要があります。つまり、インプットする側のことがわからないと、いいアウトプットはできないわけです。そう考えると、自らのインプット体験を充実させるために意識してインプットする時間を作り出すことは、大人にこそ必要なのかもしれません。



「ゆるやかなインプット」を大人が体験するのには、どうしたらよいでしょうか。

以前、子どもたちを連れて福澤の旧居を訪ねたことがあります。小さな所なので、普通に見学したら5分もあれば終わってしまうような場所です。ところが、「ここで福澤はどんな音を聞いていたんだろう?」というテーマを設けて、畳の上を歩く音など、さまざまな音に耳を傾けてみると、多くの発見があって何時間いても足りないぐらいでした。子どもたちは、こうした「耳で感じる」体験を通して、遠い存在だった福澤という存在を身近に感じることができたようです。

これは、大人の方もぜひ試してみるといいと思います。知識や経験のある大人だからこそ感じられるものもあるはずです。たとえば旅行に行ったときに、何かテーマを決めて「積極的受動態」のモードにチェンジすることを試みてはどうでしょう。旅という非日常の空間では、「耳が開く」状態にシフトしやすいものです。

旅の思い出をカメラやビデオで記録するのではなく、レコーダーで録音してみるのもオススメです。これも子どもたちの例ですが、合宿で録音してきた音を後からみんなで聴くと、たとえば滝の音を聴いて、「あのとき、あそこでカレーを食べたよね。お皿のふちに付いたカレーがなかなか落ちなくて、大変だった」なんていう話で盛り上がったりします。音が記憶のトリガーになるんですね。写真や映像だと、思い出もそこに写っているものに限定されかねません。でも、音だけだと、それを集中して聴くことで、そのときの風景や日当たり、空気感など、さまざまなものを立体的にイメージして思い出すことができるんです。最近はコンパクトなICレコーダーもたくさん出ているので、手軽にトライできます。今までとは違う、新しい旅の楽しみ方ができると思いますよ。

あるいは、もっと身近でも「耳を開く」感覚は体験できます。自宅や職場の近くで、しばらく目を閉じて耳を澄ませ、まわりの音を意識して聴いてみてください。視覚がさえぎられると、普段気づかないさまざまな音が聞こえてくるはずです。そういう時間を1日に1回でも持つことで、毎日の生活は少し違ってくるのではないでしょうか。

 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 /ライター 永井 祐子


プロフィール

鈴木 秀樹 教諭鈴木 秀樹(すずき ひでき)
玉川学園中・高・大学を卒業後、慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻を修了。
1991年より慶應義塾幼稚舎の教諭となり、2000年より「サウンド・エクスプローラ部」でサウンド・エデュケーションを実践。2005年からは、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構で、サウンド・エデュケーション・プロジェクトを進めている。

Sound Education Project
Diary of Sound Explorer


【鈴木教諭の「音体験」おすすめサイト】
Sound Bum(サウンドバム)http://www.soundbum.org/
プロジェクト参加者が世界各国で録音してき、たさまざまな音のアーカイブが公開されている。居ながらにして「音の世界旅行」ができるサイト。

Sound Lab.(サウンドラボ)http://pioneer.jp/soundlab/
パイオニアが世界各地で収録した音を提供するサイト。MP3で自由にダウンロードでき、環境音をBGMにするという楽しみ方もできる。音からイメージした俳句を作る「音俳句」の投稿コーナーもある。


【未来をひらく福沢諭吉展】
2009年5月2日〜6月14日(福岡市美術館)
2009年8月4日〜9月6日(大阪市立美術館)
福澤の多方面にわたる先導的な活動を捉えなおし、その遺品や書簡、自筆草稿、その他さまざまなコレクションや名品などを体系的に紹介している。

 

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