トップページサイトマップEnglish site

慶應義塾

トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.19 内藤正人

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

特集バックナンバー
見ているようで見ていない 意識して「見る」と、初めてわかること

 

最近、日本のサブカルチャーが海外で人気を集めている。今でこそ日本を代表する伝統芸能として認められている能や歌舞伎も、その起源は大衆文化として生まれたものだ。そして、浮世絵もまた、江戸時代に花開いた日本が誇る大衆文化である。現代を生きる私たちにとって、その浮世絵の魅力とは何か。2009年9月19日より開催される「夢と追憶の江戸−高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展− *1 」の運営にも関わっていらっしゃる内藤准教授に、今回の展示会の見所と合わせてお話を伺った。
(インタビュー:2009/7/28)

 

*1 夢と追憶の江戸 ―高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展―9/19(土)〜11/23(月・祝)(於:三井記念美術館)
┗ http://www.gakumon21.jp/ukiyoe/
元慶應義塾塾長代理で文部大臣も務めた経済学者、高橋誠一郎が収集し、没後慶應義塾が譲り受けた浮世絵コレクションの中から約300 点を精選し、前期(9/19〜10/12)、中期(10/14〜11/1)、後期(11/3〜11/23)に分けて約100点ずつ展示いたします。

 

< 目次 >


浮世絵は、時代を映す鏡である

先生が浮世絵に興味を持たれるようになったのは、どんないきさつがあったのですか?

学部生時代は史学科で日本近世史を専攻していました。歴史学では過去を知る対象として史料を扱いますが、私は文字より絵に描かれたものに、より面白さを感じたんです。絵に使われている色や線には、その時代ならではの違いがあります。時代のうねりの中で育まれた感性が塗(まぶ)されているとでもいいましょうか。まさに、時代を映す鏡なんですね。そういうところに魅力を感じ、大学院では美術史に進み、浮世絵の研究を始めることになりました。



美術史の学問というのは、どういうアプローチを行うのでしょうか?

たとえば、「ディスクリプション」という手法があります。1枚の絵を見て、そこに描かれているものを文章に書き起こすという作業です。「絵の真ん中には大きな橋があり、老若男女、人々がたくさん往来している。下を流れる川には屋形船が行き交い、船上でも酔客とおぼしき人々が、心地よさそうに川風に吹かれている。……」という具合です。目で見たものを言葉に置き換えることによって、作品をより深く認識することになります。たとえば、これを学生にやらせると、作品のどこに着目し、何に興味を持つかは、同じ絵でも十人十色です。絵について語っているはずが、実は自分自身を映し出してしまうわけですね。


興味深いことに、このディスクリプションを行うと、知識が豊富な学生よりもそうでない学生の方が、おもしろいことを書くこともあります。これは、感性をどう磨いてきたかということにも関係していると思います。美術史では、誰がいつ頃描いたものかといった歴史的観点も必要ですが、やはり基本は感性なので、その絵を見て自分がどう感じたかを豊かに語れることは、とても大事なんです。



日本の学校教育では、そういう感性を磨く機会はあまりないですよね。

日本の美術館では、小さな子どもは「うるさい」と敬遠されがちですが、欧米ではそういうことはありえません。むしろ、教育の場では子どもたちのグループを積極的に連れて行き、静かに見ることを諭した上で、その作品について自由に語らせるんです。たとえば彫刻だったら、「この人は男か、女か」「何歳ぐらいか」「何をしているのか」などと問いかけるのです。子どもたちは学術的な知識はないので、見たまま、感じたままに発言をします。基本的にすべてが正解で、教師もそれを否定しません。日本は一般にどちらかというと知識偏重で、ともすればその作品の多様な表現内容にまで模範解答を用意し、それに合った答えでないと不正解になってしまう。自分の感性で自由に語る経験を積めないのが残念ですね。

 

卑下されていた時代に、我が道を貫いて集めたコレクション

今回の展示会で公開される「高橋コレクション」について教えてください。

ご存じのように、高橋誠一郎は、慶應義塾の塾長代理や文部大臣も務めた高名な経済学者です。一方で、趣味として、大正の終わりから半世紀以上続けた浮世絵のコレクターとしても有名な人でした。そのコレクションは、浮世絵草創期といえる元禄頃から、末期となる幕末明治までの作品を網羅しており、浮世絵の歴史を通覧できるものです。もちろん、歌麿・写楽・北斎といった、浮世絵の代名詞のような著名な絵師の作品も豊富に含まれています。現在、学校法人が保有する収集品としては他に類を見ない、美術館の所蔵品にも劣らないレベルのものばかりです。寄贈を受けてからこれまでの間、約30年の間に3回しか公開されておらず、かなりコンディションがよいものも含まれています。

今回は慶應義塾の創立150年記念で公開されますが、次はいつになるかわかりません。前回の東京での公開からは16年経っていますし、次は10年後、20年後になるかもしれません。興味のある方は、ぜひ、この機会を見逃さずに見に行っていただきたいですね。



高橋誠一郎は、なぜ浮世絵を集めるようになったのでしょうか。

明治生まれの高橋は、子どもの頃、自分のお小遣いで浮世絵を買い集めて楽しんでいました。しかし、幼少期に集めたものはほとんど記憶の片隅におしやられてしまいます。実は、昭和の頃まで、浮世絵は高尚な文化人が好むものではないと卑下されていました。大正の始めに慶應義塾で浮世絵展を開催しているのですが、それに対して高橋は「低俗愚劣である」と苦言を呈したというエピソードがあるほどです。

ところが、関東大震災が彼の価値観に大転換をもたらします。震災で多くのものを失ったとき、その喪失感を埋め合わせてくれたのが、子どもの頃大好きだった浮世絵でした。それ以後、一度は見下していた浮世絵を再び集め始めたのです。つまり、関東大震災がなければ、彼の浮世絵コレクションはなかったということですね。

浮世絵など前近代の遺物であると見なされていた中で、高橋ほどの名の知られた立派な学者がこれを愛したことは、浮世絵にとってはまさに福音ともいえる出来事でした。愛好家のリーダーとして頼られると同時に、シンボルのような存在にもなっていたようです。

今回の展示会は、純粋に浮世絵を見るという楽しみ方とは別に、高橋という学者の心境の変化に想いを馳せながら、彼がどのようなものを集めていったのかという視点で見るのも、興味深いと思います。

 

心に残った作品だけを、もう一度じっくり見てみる

今回公開される展示品の中で、特に注目の作品は何でしょうか。

ひとつ挙げるとすれば、鈴木春信の「風俗四季哥仙」というシリーズですね。鈴木春信は1760年代、明和年間の頃の浮世絵師で、浮世絵版画における多色摺である「錦絵」技法の大成者として知られている人です。版画は最初はモノクロの墨摺から始まり、そこに手彩色で着色するもの、さらには紅摺絵といわれる二・三色摺の簡素な版画の時代が長く続きました。それが春信の時代になって、初めて総天然色の多色摺が行われるようになりました。西洋の銅版画でも刷った後に筆で彩色していた時代ですから、当時の印刷水準からしても世界最高レベルだったことは間違いありません。

その鈴木春信による「風俗四季哥仙」シリーズは、正月から順に四季折々の様子を描いたもので、シリーズを構成する版画がこれほど数多く揃っているのは世界中でも高橋コレクションだけです。今回は、その「風俗四季哥仙」シリーズ12枚が、3期に分けてそれぞれ4枚ずつ公開されるので、できれば3回通っていただけるとより楽しめると思います。



画集でいろいろな作品が見られる今、あえて美術館に足を運ぶ意味とはなんでしょう?

いくら印刷の技術が発達しても、印刷物では本物の色をそのまま再現することはできません。元々が西洋のインクですから和の色は出せないのです。藍玉から抽出された藍色や、紅花に由来する淡い紅の色などは、実物を見ると心を持って行かれるような魅力があります。

作品の大きさも体感してほしいですね。浮世絵版画は本来、手にとって観賞するものでしたから、壁にかけて眺めるような西洋の絵画に比べるとかなり小さいものです。画集で見ているとわからないのですが、実物を見ると、想像していたよりもずっと小さくて、驚く人が多いと思います。このように、美術館に行き、自分の目で実物を見るからこそ気づく発見が、たくさんあるはずです。

私たちはふだん、見ているつもりでも実は眺めているだけ、ということが多いものです。「見る」というのは、「何がどうなっているんだろう?」という意識を持って、それを自分の目で確認するということです。展示されている作品全部を真剣に見るのは無理かもしれませんが、本当に気に入った数点だけでも、ぜひ、じっくり「見て」、実物ならではの魅力を味わってほしいですね。

「浮世絵についてあまり詳しくない」という人でも、展示会を楽しむコツを教えて下さい。

まず最初に全体をさっと見た後に、最初に戻って、気になったもの数点だけをじっくり見るという方法をおすすめします。頭に入っている知識ではなくて、あの赤の色がきれいだったとか、あの美人の顔が穏やかで好きだとか、自分の目で見て、造形の記憶として心に残ったものだけを選んで、その絵を隅から隅までじっくりと「見る」わけです。浮世絵のことを何も知らなくても、十分楽しめるはずです。

日本人は生真面目なので、「美術館とは勉強に行くもの」という思い込みが強いようです。しかし、必ずしもそうでなくてもいいんです。ひととき古きよき時代に想いを馳せて、江戸時代の絵に心癒される、そんな風に浮世絵を楽しんでみてはいかがでしょうか。




 

インタビュー聞き手

創立150年記念事業室 プロジェクトディレクター 本間 浩一 / ライター 永井 祐子


プロフィール

内藤 正人(ないとう まさと)内藤 正人(ないとう まさと)
文学部准教授、アートセンター副所長。
専門は日本近世絵画・版画史。おもな著書に『もっと知りたい歌川広重』(東京美術、2007)、『浮世絵再発見』(小学館、2005)などがある。

 

◆内藤先生が編集責任者である今回の展覧会の図録はウェブサイトからも購入可能です。オールカラーの図版、全点解説など見所満載!ぜひお手にとってご覧ください。
詳細はコチラ↓
http://goods.keio150.jp/public/item/?item_code=060&sales_year=21&sel_color=43


学びのタネ

今回の展示会で浮世絵に興味を持った方のために、国内にある浮世絵の常設美術館を紹介していただいた。


●太田記念美術館(http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
東京都渋谷区神宮前1-10-10
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
東邦生命保険会長・社長を務めた故太田清蔵氏が、昭和の初めから半世紀以上に渡り集めた約12000点の浮世絵コレクションを所蔵している。


●UKIYO-e TOKYO(浮世絵美術館)(http://www.ukiyoe-tokyo.or.jp/
東京都江東区豊洲2-4-9 アーバンドック ららぽーと豊洲 ISLANDS 1F
TEL:03-6910-1290
重要文化財11点、重要美術品238点の指定作品を含み、優れた浮世絵のコレクションとして知られる「平木コレクション」を所蔵し、毎月様々なテーマにより浮世絵の展覧会を開催している。

 

特集バックナンバー

vol.30

vol.29

vol.28

vol.27

vol.26

vol.25

vol.24

vol.23

vol.22

vol.21

vol.20

vol.18

vol.17

vol.16

vol.15

vol.12

vol.11

vol.10

vol.9

vol.7

vol.6

vol.5

vol.4

vol.3

vol.2

創刊号