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学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

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多様な価値観で地球温暖化問題を解決し、持続可能な社会の実現へ

 



協力:年表共有コミュニティ
年表例:福沢先生
昨年、コペンハーゲンで開かれたCOP15(Conference of the Parties=国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)が注目を集めた。今や気候変動問題は地球規模のテーマとなり、その行方に大きな関心が寄せられている。国際経済学の専門家として環境問題の研究を進める和気教授は、国際機関での報告書作成や、政府の政策審議会などにも携わってきた経験を持つ。この問題をめぐる世界的取り組みの現状と今後の展望について、お話を伺った。
(インタビュー:2010/1/14)

 

< 目次 >



激動する現場で得た「変化するのが当たり前」という感覚

国際経済学を専門に選ばれたのは、どんな動機からですか?

入ゼミ説明会で、「自由貿易は平和のシンボルである」という言葉に、わからないながらも興味を持ったのが直接のきっかけです。国際経済学に魅力を感じたというよりは、あえて想像もつかない分野にチャレンジして、刺激を受けたいという気持ちの方が強かったですね。

大学卒業後は、ある都市銀行の外資系企業班というセクションに在籍しました。当時は欧米の多国籍企業が日本の市場に進出し始めた時代です。まさに日本のビジネスにおける最先端の現場であり、とても刺激的であっという間の4年間でした。しかし、力不足を感じ、もう一度学び直すために大学院に行きました。修了後はビジネスの現場に戻るつもりでいたのですが、研究する楽しみを知り、そのまま大学に残ることになりました。



その後、1984年から2年間ロンドンに留学されていますが、そこで得た一番大きなものはなんでしょうか。

その頃は、「黄昏」と言われたヨーロッパが、統合を拡大することでその地位を復興していこうという時期でした。イギリスではサッチャー首相の在任期で、規制緩和や国有企業の民営化などが行われつつありました。ドル高是正に向けたG5のプラザ合意が発表された(1985年)のも、私がロンドン滞在中のことでした。

実は私が銀行にいた1970年代前半というのも、変動相場制が導入されたニクソンショック(1971年)や、オイルショック(1973年)など、国際経済にとって激動の時代でした。それに加えて、プラザ合意前後の世界的な転換期をロンドンで過ごしたことは、私にとって大きな影響を与えたと思います。それは「今見ている姿がずっと続くということはない」という認識です。つまり、変化することが当たり前で、定常状態にあり続けることの方が異常なのだという感覚を、自然に持つようになりました。

今の日本の社会は、変わらないことを前提としているというか、安定=最上の目標と思い込んでいるように見えます。その辺が、私にはちょっと歯がゆいですね。日本人ももっと、「変化を当たり前のものとして捉えた上で意志決定をしていくんだ」と,むしろ変化を楽しむ気分で考えるべきだと思います。その方がクリエイティブな変革を生み出せるし、閉塞感からも解放されるのではないでしょうか。

国際経済学者である和気先生が、環境問題に取り組まれるようになったのは、どんな経緯があったのでしょうか。

ベースには田舎育ちと,あるいはロンドンに留学したことも関係していると思います。ヨーロッパでは、いかに自然と共生するか、あるいは循環的な社会を目指すかという発想が根付いていたので、無意識に影響を受けた部分はあったかもしれません。でも、自分はあくまで国際経済学者のつもりだったので、環境問題に軸足を移すことは考えていませんでした。

そんな私が、専門家として環境問題に取り組むようになった転機は、1990年頃に日本政府関係機関から研究委託を受けたことです。1992年リオデジャネイロの地球サミットを前に、国際経済学の視点から環境問題についてまとめてほしいという要請をいただいたのです。

それまでの日本では、一般的に経済と環境問題は別次元のものと考えられていました。しかも、環境問題といえば国内の公害が中心で、国際経済の枠組みで環境を議論するという発想はありませんでした。しかし、気候変動問題は国際的な問題なので、国際経済と折り合いをつけないと解決できません。貿易や企業の国際化,あるいは国際金融フローといった国際経済の要素と、地球環境問題との関係を論理的に整理し、いかに合理性のあるオプションを考えていけるか。そういったテーマについて政策次元できっちり理論武装する必要性を、日本の政府が感じ始めたんですね。

 

「緩和」から「適応」へ。そして政治的プロセスの役割が増大した

その後も、政策審議会などさまざまな政府関係のお仕事をされていますよね。IPCC第3次報告書の作成にも携われましたが、その内容はどんなものだったのですか?

IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change=気候変動に関する政府間パネル)とは、地球温暖化についての学術的な研究の収集、整理のための機構です。国連の下部組織ですが、各国の政府や各種の利権からは距離を置いて、国際的な専門家による中立的な集まりとして設立されたのが大きな特徴です。気候変動に関する世界中の研究を集めて調査し、その評価をまとめ、ほぼ5年ごとに報告書として発表しています。

私は2001年に発表された第3次報告書に代表執筆者のひとりとして参加しました。第2次報告書までは、現実はどうなっているかという自然科学的な分析が主流だったのですが、第3次報告書では、将来起こりうる問題に社会がどう反応するのかということについて、社会科学者を交えてのアプローチが重視されました。CO2を排出しないようにするには社会がどう変革すればいいのか、どんな技術をどんなコストで使えるのか、そしてそれは経済にどんな影響を与えるのか。そういう研究成果も検討することになったのです。



第3次報告書より前に採択された京都議定書(1997年)については、先生はどう評価していらっしゃいますか?

第一歩を踏み出せたという意味ではよかったと思います。特に、排出量取引やCDM(Clean Development Mechanism=クリーン開発メカニズム)など、京都メカニズムといわれる柔軟な措置を取り入れた点が大きいですね。 CDMとは、先進国が開発途上国に技術や資金などの支援をして、温室効果ガス排出量の削減や吸収量を増加する事業を行った場合、その分を自国の削減分の一部に充てられる制度です。慶應義塾でも、1999年から中国の遼寧省瀋陽市で砂漠化を防ぐために行っている植林活動が、大学としては初めてのCDMプロジェクトとして、昨年中国と日本の政府承認を受けています。

京都メカニズムの導入で、各国は一応、数値目標を伴った削減義務を負うけれども、どう削減するかには柔軟な選択が可能となったこと、そして新たに排出量取引市場も育つというプラスαの経済的手法も取り入れたことで、参加しやすいものとなりました。「汚染する権利をお金で買うなんて」と環境原理主義者は大反対でしたが、とにかく政治決着をつけたという点では合格点と言えるでしょう。ただし、CO2削減目標の数値自体は、低すぎたと思っています。

IPCCでは2007年に第4次報告書を発表しています。第3次報告書とはどんな違いがあったのでしょうか?

第3次報告書以後、世界的な問題としての広がりに伴い、研究者の数も増え、さらに新しい知見が大量に生まれました。途上国からの情報もたくさん上がってくるようになりました。その結果、第3次報告書までに科学者が予測した最悪の事態よりも、現実はさらに悪化しているということを、第4次報告書では伝えています。予想以上に温暖化が進み、エルニーニョ現象など実際に被害が起きているという現状で、もはや不可避の問題という認識に基づき、温暖化を「緩和」するだけでなく、すでに起こりつつある事象に「適応」するという視点での研究も加えられています。

CO2の問題は、目に見えないのでわかりにくいのに加え、すべての人間が汚染者でもあるという点でも、非常にむずかしい問題です。誰しも自分だけが損をするのは避けたいですし、国益のぶつかり合いにもなります。その利害関係を調整していくプロセスは、政治的なものとなります。そのためにこの問題は、グローバル・アジェンダからポリティカル・アジェンダとしての色彩が濃くなってきています。

ポリティカル・アジェンダと化してしまったこの問題は、今後も膠着状態が続くのでしょうか。

そうでもないと思います。実態社会では、経済の中に環境対策を盛り込んだビジネスモデルがいろいろ出てきています。ISO14000も一例ですが,それをクリアしないと国際ビジネスはできないというデファクト・スタンダードを先進国が作っていけば、途上国もその規格に合わせたビジネスをせざるを得なくなるでしょう。政府からのトップダウンの手法も必要ですが、インセンティブを与えてミクロのビジネスから変えていく道もあると思います。賢い消費者も育っていますし,環境を含むCSR活動にも,未来のビジネス・フロンテイアが広がっていると感じています。

重要なのは、この問題にチャレンジしながら人間社会がどう進化するかというプロセスなんだと思います。IPCCが2007年にノーベル平和賞を受賞したとき、私はこの政治的なプロセスが、うまくいけば平和に寄与することになるのだという印象を強く持ちました。この問題を乗り越えることは、世界平和への試金石だと思っています。

乗り越えられるか否かではなく、いかにして乗り越えていくのか。そこでキーワードとなってくるのが、サスティナビリティ(持続可能性)ということです。環境に負荷を与えることなく、この先もずっと続けていけるように社会を変えていくには、我々は何をしていけばよいのか。気候変動問題については、何が起きるかという科学的な分析の段階から、サスティナビリティをどう実現していくかを考える時代に入ってきているのです。

 

意識を改革し、「負け」を生まない協調による解決を

環境問題を考慮した経済活動の「サスティナビリティ」ということを考えたとき、目指すべきは拡大再生産なのか、現状維持なのか、あるいは縮小再生産なのか。その点についてはどうお考えになりますか?

GDPという観点でいえば、経済活動の低下は縮小の悪循環を呼ぶので好ましくありませんが、拡大しなくても現状維持ぐらいでもいいと思っています。ただGDPという数値にとらわれすぎるのも疑問です。GDPに換算できない豊かさもあるはずなので、非市場的な活動など,もっと多様な物差しがあってもいいのではないかということです。

たとえば、GDPでは高い数値を望めない途上国には、GNH(Gross National Happines=国民総幸福)と呼ばれるような、いわゆる「幸福度」を指標に加えたらどうかという意見もあります。ヨーロッパなどでは,「beyond GDP」などと呼ばれはじめていますが,アジアや日本でも、複数の価値基準を持てるような意識改革が必要だと思います。

環境問題は、誰かが損をする解決策は受け入れられません。たった1つの基準で見ている限りはWin-Winの形を見つけるのは困難ですが、意識を改革して複数の価値基準を持つことで、少なくとも「自分たちだけが損をしている」という妬みを抱く人がいない、そんな国際社会を作っていくことも可能になるのではないでしょうか。そして、それは持続可能な社会の実現へとつながっていく必要条件でもあると思います。


多様な価値観へと意識を改革するには、どんな教育が必要なのでしょうか。

意識改革には、「知識」と「感性」のバランスが重要です。教育の現場では、一方的に知識を与えるだけでなく、たとえば、「世の中にはこういう辛い人がいるのだ」ということを、知識だけでなく実践を通して肌で感じる力も必要です。そういう感性を養わないと、本当の意味での意識改革にはつながらないと思います。

今の日本に必要なのは、静かな湖面に一石を投じる、勇気あるイノベーターだと私は思います。イノベーターひとりでは社会を動かせませんが、ついてくる仲間ができると、イノベーターは結果的にリーダーとなります。教育者としては、能力を持ち、使命感を感じ、意識を改革していけるイノベーターを育てていきたいですね。


 

インタビュー聞き手

慶應義塾大学 文学部 教授 神崎 忠昭 / ライター 永井 祐子


プロフィール

和気 洋子
和気 洋子
慶應義塾大学 先導研究センター内
 環境・エネルギー研究センター所長
慶應義塾大学 商学部教授

 


1947年生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、1970年より約4年間、大手銀行国際部に勤務。1977年、同大学大学院商学研究科修士課程を修了と同時に同大学商学部助手に採用。1980年、同博士課程を修了。1982年、同助教授に就任し、1984年より2年間のロンドン大学LSE留学を経て、1993年、現職の教授に就任。その他、環境省中央環境審議会委員、経済産業省総合資源エネルギー調査会委員、内閣府原子力委員会政策評価部会委員などを歴任。専門は、国際経済システム論、地球環境政策。近著に『EUの公共政策』(共編著:慶應義塾大学出版会)、『地球温暖化と東アジアの国際協調―CDM事業化に向けた実証研究』(共編著:慶應義塾大学出版会)、『地球環境問題とグローバル・コミュニテイ』(共著:岩波書店)ほか。

学びのタネ

●IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)公式サイト
http://www.ipcc.ch/
国際連合環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)と国際連合の専門機関である世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)が1988年に共同で設立。その報告書は今世界で最も信頼性の高いものとして、国際政治および各国の政策に強い影響を与えつつある。2007年、アル・ゴアとともに2007年ノーベル平和賞を受賞。

●UNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change=気候変動枠組条約)公式サイト
http://unfccc.int/2860.php
温室効果ガスなどによる気候変動が及ぼす問題についての取り組みを定める条約。1992年リオデジャネイロで行われた地球サミットで採択された。締約国によって毎年行われているCOPはこの条約の交渉会議で、最高意思決定機関とされる。

●慶應義塾植林CDM事業化プロジェクト
http://www.sanken.keio.ac.jp/cdm/index_j.html
中国瀋陽市康平県における植林活動は、慶應義塾大学産業研究所の未来開拓プロジェクトの一環として行われてきた。

●和気先生の学術論文
・「瀋陽市康平県における植林活動によるCO2吸収:測定とCDMの可能性」
 (2003 年慶應中国植林CDMプロジェクト論文.pdf)
  2003年:慶應義塾植林プロジェクトのCDM事業化を検討した論文

・「地球温暖化対策と国際経済」(1997 年三田商掲載論文.pdf)
  1997年:京都議定書の締結直前に提言的にまとめた論文

・「京都議定書と世界貿易」(2008 年三田商論文.pdf)
  2008年:京都議定書の枠組みを前提に検証した論文

 

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