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トップページ > 学問のすゝめ21 メルマガ > vol.22 田村次朗

学問のすゝめ21 メルマガ

「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

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Win−Winの合意をめざす 問題解決のための交渉学とは

 



協力:年表共有コミュニティ
年表例:福沢先生
前回の記事の中で、和気教授は「環境問題では、敗者を作らない解決法が不可欠である」というお話をされた。今、世界には環境問題以外にも同様の問題が山積している。簡単には合意点が見い出せない困難な状況で、Win−Winの解決にたどり着くには、どんな交渉が有効なのだろうか。法学専門家として交渉学を研究されている田村教授に、双方が納得できる問題解決のために必要な交渉学のロジックを伺った。


(インタビュー:2010/2/8)

 

< 目次 >



世の中が求めているのは、問題を解決してくれる人である

田村先生の元々のご専門である経済法という分野を選ばれたのは、どういう動機からだったのでしょうか。

子ども時代をアメリカで過ごした影響も大きいですね。多くの人種が集まっているこの国で、公平であることを目指す精神や取り組みを目の当たりにしたことで、子ども心に「公正」「平等」という概念の重要性に目覚めたように思います。それが、法律を勉強したいという気持ちにつながり、さらには、アメリカで目にした「生きた社会のルール」を日本でも実践したいと考えるようになりました。

その後、交渉学にも専門の範囲を広げられたのには、どんないきさつがあったのですか?

慶應大学の法学部を卒業した後、大学院時代にハーバード・ロー・スクールへ留学しました。私の専門である独占禁止法の勉強のために行ったのですが、そこで偶然『ハーバード流交渉術』という世界的ベストセラーを書いたロジャー・フィッシャー先生の講義を受けたことが、交渉学との出会いでした。

最初は、ただ当時のハーバードで一番人気の授業を成績のことを恐れずに受けてみたいという気持ちからだったんです。しかし、フィッシャー先生がおっしゃった、「世の中が求めているのは、単に法律に詳しい人ではなく、問題を解決してくれる人である」という言葉を聞いて、目から鱗が落ちる思いがしました。法律家になるための知識を学んでいた私にとって、問題を解決する能力を学ぶというプロセスはとても新鮮で、交渉学という学問を、もっと本格的に学んでみたいという気持ちを強く持ちました。


若き日に、交渉学の大家との出会いがあったのですね。それからずっと経済法と交渉学を並行して研究されたのですか?

いえ、そのときすぐに専門を変えたわけではなく、そのまま独占禁止法の研究を続けています。でも、いつかは交渉学をやってみたいという思いはずっとあって、頭の中ではいろいろなアイディアを温めていたんです。

その後15年ぐらい経って、慶應義塾の社会人教育機関として「丸の内シティキャンパス(MCC)」の構想が持ち上がったときに声がかかり、2001年のオープン時から「交渉学」というプログラムを始め、今年で10年目になります。


交渉学のどんな点に関心を持たれたのでしょうか。

世の中にはいろいろな法律があります。しかし、実際に社会で起こる様々なもめごとは、特に日本では多くの場合、裁判に持ち込む前に示談や和解で解決しようとします。そこで必要とされるのは、法律の知識だけではなく交渉力も必要なんですね。

示談や和解ではどうしても解決しないときには裁判で争うわけですが、その結果は一方的な勝ち負けです。そこで負ければ、法に基づいて裁判所が決めたのだから仕方がないとあきらめるしかありません。しかし、本当はそうなる前に、交渉でお互いがWin−Winとなるように解決できれば、禍根を残さずにすむわけです。交渉学と出会って、そういう解決法があるのだと気づかされ、問題解決のスキルを学ぶという学問に、大きな魅力を感じました。

ただし、交渉学とは単に交渉の「術」=ハウツーを学ぶというものではありません。交渉に必要な論理的かつ構造的な思考を研究していくという点が、交渉学という学問の本質なのです。



 

共通のゴールに向かって協働することで、Win-Winの解決法が見えてくる

Win-Winに解決するために必要な、基本的な概念とはどういうものなのでしょうか。

交渉で一番重要なのは、「協働する」という考え方、つまり「あなたと私とで、目の前にある問題を協力して解決していこう」というアプローチです。つまり、お互いを問題解決のためのパートナーと考えます。「交渉」という言葉には、駆け引きをするという意識やゲーム的な要素を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、そういう思い込みを捨てて、創造的に問題を解決するためのプロセスと捉えるべきなのです。

たとえば地域紛争の交渉でも、この「協働」というアプローチは非常に重要な要素です。絶対にお互い「NO」としか言わないような、いがみ合った状況において、ここだけはどちらも反対しないという点があったら、大勢(たいせい)には影響がないように思えるわずかな部分でもいいから、そこを選んでコミュニケーションをスタートさせる。そうすれば、かなりのケースで、共通項から「交渉」を開始することができるはずです。



実際に交渉に臨むときには、どんな準備が必要ですか?

交渉の成否の8割は、準備で決まります。事前にやっておくべきなのは、状況を把握した上で論理を組み立て、「最終的にその交渉で何を得たいのか」を考えることです。交渉学ではこれを「ミッション」と言いますが、日本語で言えば「究極の目標」という感じでしょうか。(交渉学における「3つのポイント」はこちらを参照

交渉の場では、立場がふたつに分かれていると、いかに自分の側に有利に導くかという駆け引きの結果、一定のパイの奪い合いになってしまいがちです。ですから、「立場がふたつに分かれている」という状況を最初から作らない方法を考えるのがポイントです。そのためには、自分と相手のどちらの利益にもなるような、共通のミッションを設定するのが有効です。

交渉に先立つ事前準備として、こういった相手と共有可能なミッションをあらかじめ用意していくことで、「対立する立場」ではない状態を作り出すのです。つまり、対立点ではなく共通のゴールを探し、そこに向かって協働していくというプロセスです。


立場的な対立を解消できるミッションとは、具体的にはどういうものでしょうか。

分かりやすい例としてビジネスでのケースで考えてみましょう。例えば、ある商品を製造したA社と、それを消費者に販売するB社(店舗)が交渉していたとします。この場合、通常ビジネスであれば、「売り手」と「買い手」というふたつの立場に分かれていますよね。しかし、その状態では、売り手(A社)はできるだけ高く売りたい、買い手(B社)はなるべく安く買いたいと利害が真っ向から対立し、その結果は、どちらかが勝てばどちらかは負けるという、ゼロサム(zero sum)ゲームになってしまいます。

そこで、こう提案してみたらどうでしょう。「この商品はすばらしいから、できるだけ多くの消費者に買ってもらえたらいいですよね。今は一部のエリアだけで売っているけれど、これを全国に普及させていきませんか?そのためにお互いができることを一緒に考えてみましょうよ」と。こんな風に「駆け引きをやめて協働しましょう」という提案ができれば、Win−Win交渉の流れが見えてくるのです。

つまり、相反する立場で目の前の価格交渉をしている間は合意が見えなかったのが、「商品を全国展開する」という共通のミッションを持つことで、解決への道が開けてくるのです。その結果、双方のパイを広げることができるかもしれない。それはまさにプラスサム(plus sum)、Win−Winの解決となり得るわけです。


提案したミッションが、相手に受け入れられないこともありますよね?

もちろん、その可能性はあります。この例で言えば、「全国展開の必要性を感じない」と拒否されてしまうかもしれません。ですから、ミッションはひとつではなく、創意工夫して相手も共感してくれるようなものを用意しておくべきです。こうしたミッションを事前に準備できれば、交渉というのはそう簡単に決裂しないと思います。

ただし、提案したミッションを相手に理解してもらうには信頼関係も必要です。それを築けないうちにいきなりミッションを提案しても、懐疑的に見られがちです。ですから、交渉には十分なコミュニケーションがとても重要なんです。意識的にコミュニケーションを取りながら、さまざまな情報交換をする中で、「この人の言っているミッションは信用できるな」と分かってもらうというプロセスが大切です。両者がミッションに共感し、いっしょにやっていこうという気持ちになれるかどうかが、交渉の最大のポイントになるのだと思います。(交渉学における「4つの着眼点」こちらを参照



 

体系的な学問としての交渉学が、問題解決能力のある人間を育む

共有化されたミッションを最終的な合意に導くには、どんな手法がありますか?

準備段階のもうひとつの作業として、相手のニーズを推測して、双方が満足できるような創造的な選択肢をできるだけ多く用意しておくことも必要です。とにかく数がたくさん出てくれば、それを組み合わせて何かが生まれる可能性が広がります。

選択肢をたくさん出せば出すほど、ひとつのことへの執着が薄まるという効果もあります。たとえば先の価格交渉の例で言えば、価格を下げる、下げないにこだわっていた状況も、たくさんの選択肢が出てくれば、価格そのものへのこだわりが薄まってくるものです。


創造的な選択肢というのは、具体的にどんなことでしょう?

例えば、日本が見事に交渉の成果を挙げた事例として私が評価しているものとして、EPA(=Economic Partnership Agreement、経済連携協定)があります。アメリカなどが締結したFTA(=Free Trade Agreement、自由貿易協定)では、「自分たちのルールに従うのなら、こちらの市場を解放する」という手法が採られました。ところがアジアの国に対して日本が同じことをやろうとしても通用しません。

そこでFTAに代わるものとして日本が提唱したのがEPAで、「経済格差の部分を援助する代わりに、ルールを守ってほしい」という交渉です。相手の立場に立ち、一方的に日本が得をするのではない方法を提案するこのアプローチによって、今、多くの国と次々に協定の締結に成功しています。これこそまさに、創造的な選択肢を駆使した交渉の産物でしょう。


どうしても合意できない場合、状況を打開する方法というのはありますか?

そのために、もうひとつ事前に準備しておくべきことがあります。それは、交渉が決裂したときのための代替案です。交渉学ではこれをBATNA(=Best Alternative To a Negotiated Agreement、最善の代替案)と呼びますが、「あなたが駆け引きで私を追い込むのなら、私は違う相手と取引しますよ」という最後のカードを用意しておくのです。本物の信頼関係を築かないと、自分はいつか捨てられるかもしれないと思わせる強いメッセージを発信することは、交渉学では非常に重要です。

Win-Win交渉など、非現実的なきれいごとだと批判するのは、BATNAという手法を知らない人です。BATNAというシビアな切り札も準備した上で、「だから駆け引きせずに共通のミッションに取り組みましょう」という信頼関係の上に成り立つのがWin-Win交渉なのです。(交渉学における「5つの気をつけるべきポイント」はこちらを参照


最後に、交渉学という学問の持つ意義について、お考えを聞かせて下さい。

ハーバードのフィッシャー先生は、自分と相手のニーズを最大限満足させ、対立する利害を公平に調整し、かつ社会全体への貢献を視野に入れた解決として、「賢明な合意」を提唱しています。実は日本にもこれによく似たものとして、鎌倉時代から近江商人に伝わる「三方よし」という考え方があります。これは、長いおつきあいをしていくために、売り手、買い手、世間のいずれをも満足させるような商売、取引をめざすというものです。

一方、現代の日本で大きな成功を収めているビジネスモデルとして商社という存在があります。商社には「貴社と長期的にビジネスをやっていきましょう」というスタンスがあります。そのためには自社の利益だけを追求するのではなく、自分と相手、相互の利益を融合させようとします。まさにこれは、「三方よし」の考え方に通じるものがあります。

このように、ハーバードの交渉学にも通じるような商習慣が、日本でも実際に行われてきているのです。しかし、近江商人の知恵も商社のシステムも、現場で失敗を重ねながら、経験的に継承されているに過ぎないのが現状です。

そこで、こうした古くから伝わる習慣を含めて、交渉というものをきちんとしたロジックに組み立てて、方法論として確立していこうというのが交渉学なのです。体系的な学問としてこれを学ぶことで、だれもが交渉力として体得できる。そんな教育こそが、問題解決能力のある人間を作っていくために必要なのではないでしょうか。

 


■交渉学における「3つのポイント」

1.論理
交渉は、論理的に成り立つことが重要。雰囲気、感情、根拠のない期待に惑わされてはならない。
2.準備
なによりも準備が大事。ただし時間をかけ過ぎても駄目。
【状況把握―ミッションの理解―目標の設定−代替案の構築−柔軟な選択肢の用意】という5ステップを理解しておくこと。
3.協働
双方の満足を、客観的、持続的、公益的に満たす解決策づくりための協働作業と認識せよ。これを「賢明な合意」という。近江商人が言う「三方よし」も同じこと。

 

■交渉学における「4つの着眼点」

1.ミッションからスタートせよ
交渉とは、合意することではなく、問題を解決すること。
ミッションとは、何が本質的な問題なのかを吟味し、考え抜くことからはじまる。
2.リスクマネジメントをせよ
リスクは相手に押しつける(回避)ものではなく、最小化(管理)するものである。だからこそ、プロの交渉者はメリットと同時にリスクの存在を共有化し、どうすれば小さくできるかを話題にする。
3.交渉相手を過大評価しない
攻撃的にのぞんでくる交渉相手を恐れるな。
逃げず、戦わず、が原則。あくまでも冷静に、紳士的に対処するが、守るべき一線では絶対に譲歩しないこと。
4.Agenda管理が鉄則
Agenda管理とは、3つのマネジメントをすること。
a)協議事項のマネジメント 交渉の前に、何を交渉するのかを交渉すること。
b)時間のマネジメント デッドラインに気をつけること。

c)内容のマネジメント 議事録は必ずとる。

 

■交渉学における「5つの気をつけるべきポイント」

1.「落としどころ」探しをあせるな
「落としどころ」を急ぐと、小さな解決策で満足しがち。まずは最高目標を目指そう。
2.「合意をしない」という選択肢もあることを忘れるな
互いの問題が解決できないのなら「合意しない」ほうがよいこともある。だからこそ、合意しない場合の代替案(BATNA)を持っていないといけない。
BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)は、交渉にあたって絶対に必要な要素である。
3.負の感情を増殖させるな
見せかけの強気や戦闘モードは相手に伝染する。冷静に問題にフォーカスすること。
4.安易な約束はリスクになると心得よ
安易な約束は相手の信頼を失うきっかけになる。「約束」のマネジメントが重要である。
5.交渉はテクニックではない

表層的なテクニックに頼るな。策士が策に溺れることになる。大きなミッションや目標をベースに戦略を立てること。

 

 

インタビュー聞き手

慶應義塾大学 文学部教授 神崎 忠昭 / ライター 永井 祐子


プロフィール

田村 次朗
田村次朗(たむら・じろう)
慶應義塾大学法学部教授


1959年生まれ。
1981年 慶應義塾大学法学部を卒業後、同大学大学院法学研究科修士課程に進学。
1983年 ハーバード大学ロー・スクールに、フルブライトそしてハーバード大学奨学生として修学、修士号を取得。
1987年 慶應義塾大学法学部専任講師となる。
1991年に米国企業公共政策研究所、1992年にブルッキングス研究所の研究員となり、アメリカ政府への政策提言を行う。
総合政策学部教授を経て、1997年より法学部教授。
1999年より2004年まで外国語学校長を兼務。
経済法分野における新人賞である横田正俊賞を受賞。ハーバード大学国際交渉プログラム・インターナショナル・アカデミック・アドバイザー。専門分野は経済法、国際経済法、交渉学。
近著に『交渉の戦略』(ダイヤモンド社、2004年)、『交渉学入門』(日本経済新聞出版社 2007年)など。

学びのタネ

●『交渉学入門』(日本経済新聞出版社 2007年 田村次朗他著)
交渉学の方法論を、一般の人でもすぐに実践できるよう図解入りでわかりやすく解説。

●慶應丸の内シティキャンパス 「戦略的交渉力」
http://www.keiomcc.com/program/neg/index.html
交渉に必要なロジックを学び、演習を通して交渉力を身につけることを目的としたプログラム

●ハーバード大学 交渉学研究所(Program on Negotiation at Harvard Law School)
http://www.pon.harvard.edu/


●福澤諭吉記念文明塾
http://www.fbj.keio.ac.jp/
未来貢献を志す先導者を育成する「対話と議論」を中心としたプログラム

 

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