「学問のすゝめ21 メルマガ」では、現在の慶應義塾の「知」を発信するとともに、皆様とともに「学ぶ」楽しさを再発見するきっかけをご提供できればと考えています。

「子どもの頃から、動くものを見ると、それがなぜ動くのか、そのメカニズムを知りたいと思ってきた」と語る中野准教授が研究するのは、アナログ回路とデジタル回路が同時に組み込まれたLSI。このLSIが実用化されたら、脳の中で考えたことを瞬時に他の人に脳に送って交信をする・・・そんなSF映画のような世界も夢ではなくなるかもしれない。
「人間が持つありとあらゆる能力に興味がある」と話す中野准教授にお話を伺った。
(インタビュー:2010/3/3)
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学問の原点は、「なぜ?」の追究
研究の道に身を置くことになった原点を教えてください。
子どものころから動くものへの興味がとても強くて、「なぜ、この機械は動くのか」ということをいつも考えていました。小学生の時は月刊の科学雑誌についてきた付録は1日で作り終わっていましたし、モーターは何度も分解しました。作ることも大好きで小学3年生の時から半田ごてを握りしめて電子工作を始めました。中学生の時初めて触れたコンピュータについては、コンピュータ自体はそれだけでは何も出来ないただの箱なのに、プログラムを書き込むことで様々なことが出来てしまうところが面白いと思いました。といっても、その当時のコンピュータはとても高価でしたから、もちろん家にはありません。よく家電量販店やデパートの電器製品売り場に行っては、ディスプレイ用のパソコンの前に1日座り込み、雑誌に書いてあるプログラムを入力して、ブロック崩しのような簡単なゲームを作っていました。その日の営業時間が終わると、作ったプログラムはすべて消去されてしまうにも関わらず、そんなことばかりやっていましたね。
現在の研究につながる転機はありましたか?
学生時代は非平衡プラズマの研究をやっていました。自然現象であるプラズマを数式でモデル化し計算するという課題に取り組んでいたのですが、メッシュの切り方を少しでも間違えると計算結果が爆発してしまい、うまく計算できませんでした。そんな時に出会ったのが、当時物理学科にいらした川合敏雄先生です。川合先生の授業では、計算事故を起こさないシンプルかつ安全な方法や、その際に注意しないといけないことなど、プラズマに限らずあらゆる自然現象を数値的に計算でする時に押さえておくべき本質的なことを教えていただきました。
2つ目の転機は、スタンフォード大学に留学した時です。当時LSIはまだ学問としては注目されていませんでしたが、私が学んだCIS(Center for Integrated Systems)は企業の研究者が集まるLSI研究のメッカでした。そこでLSIの創成期からシリコンバレーにいた大御所のRobert Dutton教授の指導を受けたことをきっかけに、現在の研究課題の1つである「デジタル回路とアナログ回路が混載されたときに生じる問題」に興味を持ちました。
アナログなものをデジタル化する意味
先生のご専門は「アナログ回路とデジタル回路を混載されたLSI」ということですが、アナログ回路とデジタル回路を同時に組み込む必要性はどこにあるのでしょうか?
まずLSIについて説明すると、Large Scale Integration、日本語で言うと大規模集積回路で、コンピュータなどの中に組み込まれる部品の1つです。名前は「大規模」ですが実際はとても微細な回路で、数ミリ四方の大きさの中に今では10億個以上の素子(電子回路に組み込まれるスイッチの役割を果たすトランジスタ)が組み込まれることもあります。この回路に電流を流したり、止めたりすることで、高い電圧を「1」、低い電圧を「0」としてゆらぎのない信号を送ることができます。これがデジタル信号です。
LSIを動かす際は、スイッチを入れたり、電源を供給したり、といった外界とのやりとりが必須で、その部分については必ずアナログになります。例えば電波信号を受信して、何らかの処理を施す場合を考えてみましょう。電波信号はアナログですから、それを受信するためにはアナログ回路が必要です。そして、アナログで受け取った電波をデジタル信号に変換し、何らかの処理を行うために、デジタル回路が必要になります。実際にはこの後に、また外界に電波として送信するために、デジタル信号をアナログ信号に戻すこともあります。この一連の処理を行うためには、アナログ回路とデジタル回路が1つのLSIに載っていると都合がいいのです。なぜ、「都合がいい」のかをもう少し詳しく教えてください。
もちろん、アナログの信号をアナログのまま処理をすることも可能ですが、装置がとても大きくなってしまいます。一方、LSIはとても小さい部品ですから、デジタル化の最大のメリットは、装置を小さくできることです。これは携帯型の音楽プレイヤーが昔はカセットテープのタイプだったこと、そして、MDプレイヤーが登場し、現在は手のひらのサイズよりも小さいものになったことからも、みなさん、実感されていると思います。このように小型化することで、消費電力が少なくなったこともメリットの1つです。さらに言うなら、LSIを構成する部品である半導体の原料はシリコン(=ケイ素)なのですが、ケイ素とはどこにでもある石や砂から採取できます。つまり地球に無尽蔵にある物質から作ることができるというのも大きなメリットだと思います。
ここで、デジタル回路とアナログ回路を同時に組み込んだ時の問題を考えてみましょう。デジタルはノイズに強いのですが、アナログはノイズに弱い。古典的な例でいうと、コンピュータをラジオの前に持っていくと、電磁波の干渉が起きて、ラジオがピーなどという雑音を出す、あれです。日常使っているパソコンや音楽プレイヤーなどの電気機器は全て、電源やケーブルなどが発生するノイズの影響を常に受けていますが、機器本体が処理するデジタル信号が十分大きいため、ノイズは相対的に無視できる程度におさまり、問題になることはありません。しかし我々がLSIでとらえようとしているのは、脳波などのとても微弱な信号です。微弱であるため、半導体自体が発生するノイズや電源や信号ケーブルなどから混入するノイズの影響を受けてしまいます。そこで、ある一定の処理をしてノイズを邪魔にならない程度まで減らし、ノイズとうまく付き合いながら、アナログ信号を確実に拾い、デジタル処理ができるLSIを作ることが求められているのです。
脳と脳をつなぐ・・・今までとは全く違うコミュニケーションの形態が誕生する可能性
アナログな信号をキャッチして、デジタル化する。その先にはどんなことができるのでしょうか。
この技術の先にあるのが、ブレインマシン・インターフェイスです。ブレインマシン・インターフェイスとは、脳の微弱な信号をとらえて、何らかのアウトプットをするもので、現在は、人がヘッドギアのようなものをかぶって、考えただけでマウスをクリックしたり、テレビのチャンネルを変えたりという実験などが行われています。
猿を使った実験では、レバーを押すと餌が出るように細工されたケージを使い、実際には脳に電極を組み込みレバーを押すことを考えただけで餌が出るようにしておくとちゃんと餌を手に入れることができるようになります。またロボットアームも自由自在に操ることも出来ています。
ただ、いずれも場合も大きな解析用の機械が必要で、実用化までには至っていません。そこで私達が研究しているLSIが使用できるようになったら、ヘッドギアがとても小さなセンサーに変わりますし、解析装置も小さくできますから、ブレインマシン・インターフェイスの実用化に大きく貢献できると思っています。
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LSIチップのレイアウト図と顕微鏡写真 (クリックして拡大) |
LSIチップをつかった実験例。アレイ状の電極上に培養された神経細胞に刺激を与えて活動電位を観測している。 (クリックして拡大) |
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設計したLSIのブロック図。回路ブロックの構成を示している。 (クリックして拡大) |
脳の電気信号を拾うというと、人間の知覚がものすごく広がるかもしれないけれど、その一方で、他の人が考えていることが見えてしまったり、触ってもいないものを動かすことができるようになったりと、まるでSF映画のようなことも起こりそうですよね。
もしかするとSF映画のような世界も可能かもしれません。脳のことを考えていくと、究極のところ「人間は何が楽しくて生きているのか」ということに思いが至ることがあります。例えば、速く走れることに喜びを感じる人なら、仮想世界で速く走ったという状況を脳の中に作り出してあげれば幸福感を味わえるのではないか。脳にはバーチャルか現実かという区別はなく、幸福感を味わえる刺激があればいいかもしれません。それがもっと進むと、体は滅びているのに、脳だけが活動を続け、快楽を感じ続けているということも起こる可能性も否めません。
別の可能性として、私は、楽器はできませんが、なんとなくメロディが思い浮かぶことがあります。それをどうにかして外に取り出すことができたら、私も作曲家になれるのではないかと思うことがあります。例えば、脳の一部でピアノ、別の部分ではバイオリン、さらにフルートもというように、いろいろな楽器を脳の各場所に担当させて、一人でオーケストラ演奏を楽しめるようになるかもしれません。こんなことが実現したら、今までとは違う新しい芸術ができるのではないかと想像します。
最後になりますが、脳はどんな器官なのか、先生がお持ちのイメージを教えていただけますか。
人間の脳はとても賢いです。先ほど、ブレインマシン・インターフェイスの話をしたときに、すでにマウスをクリックしたり、テレビのチャンネルを変えたりはできているという話をしましたが、この時、脳の中で何が起きているのかを少し説明しましょう。
脳が何らかの活動をした結果、それに対応して、「チャンネルが変わった」とか「マウスが動いた」といった反応のフィードバックを視覚的に受けると、脳は勝手にこういう脳の使い方をするとこういう反応が起きるということを学習します。そして、次から同じ反応を得たいと思ったらそれに相応しい脳の使い方をするようになります。脳にはこういう学習機能が備わっています。他にも、脳はどこかが壊れても、他の機能でそれを補完することも可能です。こういった脳の機能を再現する回路を作ることができるとおもしろいと思いますが、脳の神経回路のネットワークは今のLSI技術と比べても遥かに複雑なので、まだまだ難しいでしょう。
私はこれからも人間の脳が持つ無限の可能性を探っていきたいと思っています。実は私、高校受験の際、面接で、将来どんなことをやりたいのかと聞かれ、「人間の脳と脳をつなぐ機械をつくりたい」と答えていました。その後、自分の興味のおもむくままに研究を進めてきたのですが、気がついたらいつの間にか原点に戻ってきた・・・そんなめぐりあわせの妙を感じているところです。
デジタル信号とは、例えば回路上の高い電圧を「1」、低い電圧を「0」と、全ての情報を「0」と「1」で構成するゆらぎのない信号のこと。一方アナログ信号は、大きさそのものが信号で、ほぼ「1」であっても、実際は0.9998であったり、1.0002であれば、その値を信号として捉える。
例えば、小さい音を大きくする場合、信号を増幅させることになるが、CDなどのデジタル音源は0と1さえコピーできればよいのだからデジタル処理されている場合は何度コピーをしても音の波形は変わらない。デジタルアンプを使えば、波形を変えずに増幅することもできる。
一方で、レコードのようなアナログ音源の場合はかならずノイズが混入したり、完全な増幅器はできないので増幅前後で音は似てはいるけれど、正確には微妙に違うものになる。すなわち、デジタル記録された情報はどんな処理をしても正確に保存されるが、アナログで記録された情報は処理が加わるたびに徐々に崩れていくという違いがある。
「半導体」とは電気的な性質を表しており、電気を通すものを「導体」、電気を通さないものを「絶縁体」と呼ぶが、半導体はその中間の性質を有する。外部からの指示によって電流を流したり、流さなかったりができるので、スイッチの役割を果たす。
半導体はトランジスタを構成する材料、トランジスタは回路を構成する部品で、そして回路が大規模集積されるとLSIになる。つまり、都市計画を立てる際に、都市に道をつくり、その道に沿って住宅や店舗、公共施設などを配置すると社会が出来上がるように、LSIも抵抗やコンデンサー、コイル、スイッチ(=トランジスタ)などを置き電気の道である配線を通すことによって、様々な機能を持つようになる。
■なぜ、コンピュータに半導体が用いられるようになったか?
コンピュータは、「0」と「1」のデジタル信号で特定の機能を発揮する装置で、電流を流したり、止めたりの切り替えができる機能があれば成立する。通常は電流のオン・オフの切り替え用のスイッチとして半導体を用いるが、代わりボタンやレバーなど、物理的なメカニズムを搭載したコンピュータを作ることも可能である。実際、この手法でコンピュータが試作されたが、物理的な動きを伴う部品は壊れやすい。また、物理的に動かすためのスペースが必要となるため装置が大きくなってしまったり、動きを伴うため、スイッチの切り替えに時間がかかってしまったりなど、欠点が多くほとんど実用化には至っていない。
半導体はスイッチ機能を持つにも関わらず、スイッチの切り替えの際に機械的な動きを伴わないので、壊れにくい。そのためコンピュータの部品として機能することができた。

慶應義塾大学 文学部 教授 神崎 忠昭 / ライター 粕谷 知美

中野 誠彦(なかの のぶひこ)
慶應義塾大学 理工学部電子工学科 准教授
1968年生まれ。1990年3月慶應義塾大学理工学部電気工学科卒業。1992年3月慶應義塾大学修士課程理工学研究科 電気工学専攻修了。1995年 慶應義塾大学博士課程理工学研究科電気工学専攻修了。慶應義塾大学理工学部電子工学科助手、専任講師をへて2003年現職に就任。

●数学に興味を持つ中学生におすすめ(中野先生も中学時代に読みました)
『πの話(岩波科学の本12)』(岩波書店、野崎 昭弘著)
●科学に興味を持ったら
『ロウソクの科学(角川文庫)』(角川書店、ファラデー著・三石 巌訳)
●半導体の基本を知りたい方へ
『図解入門 よくわかる最新半導体の基本と仕組み―半導体/LSIテクノロジー入門 (How‐nual Visual Guide Book) 』
(秀和システム、西久保 靖彦著)
●LSIの基本を知りたい方へ
『よくわかる 半導体LSIのできるまで』
(日刊工業新聞社、「半導体LSIのできるまで」編集委員会著)
●LSIのアナログ回路について(大学生以上向け)
『LSI設計のためのCMOSアナログ回路入門 (半導体シリーズ)』
(CQ出版、谷口 研二著)
●ブレインマシンインタフェースについて知りたい方へ
『ブレイン‐マシン・インタフェース最前線―脳と機械をむすぶ革新技術』
(工業調査会、櫻井 芳雄・小池 康晴・鈴木 隆文・八木 透 著)
●物理を勉強したくなったらこちらがおすすめ。シリーズで5まであります。大学生でも読破は大変!
『ファインマン物理学1〜5』(岩波書店、ファインマン著)
●高校生でも読める読み物としておすすめ。上下さらにシリーズあり。
『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波現代文庫、リチャード P. ファインマン著・大貫 昌子訳)