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箱根(はこね) 【神奈川県】
 
神奈川県の南西端に位置し、富士箱根国立公園に指定されています。
複式(三重)火山によって形成され、複雑な地形を呈する山々が連なる箱根地域は、各地に温泉が湧出し古くから湯治場として広くその名を知られます。
 
代々続く歴史ある旅館やホテルはもちろん、美術館や博物館のほか近年ではスパ施設も登場するなど、都心からのアクセスも良さも相まって、温泉地・観光地として根強い人気を誇ります。また、箱根の自然が織りなす景観美は四季を通して楽しむことができ、訪れる人の心を惹き付けてやみません。
 
明治3年、腸チフスを患った福澤諭吉は養生のために熱海等の温泉地を訪れており、箱根との最初の出会いも養生が目的でした。その後もたびたび箱根を訪れていた諭吉は、塔ノ沢温泉旅館「福住桜」にて広告文を書き残した歴史も残ります。また、箱根湯元から塔ノ沢へ抜けるルートは明治時代、箱根湯元に滞在していた諭吉の提案によって拓かれたとされます。
 
 
横浜(よこはま) 【神奈川県】
 
日本を代表する国際港としてはもちろん、日本の工業の要、京浜工業地帯の一翼を担う都市でもあります。また、国内初の臨海公園である山下公園や中華街など歴史ある元町界わいはもとより、近年の湾岸地域再開発によるみなとみらい21エリアなど、観光スポットとしてもますます注目を集めます。
 
早くから外国との交流を持ち、明治初期には英国人技師によってわが国最初の鉄道が開通され、明治中期から大正・昭和初期にかけては生糸貿易を中心に繁栄を見せるなど、広く世界に開かれた都市としての歴史を刻んで来ました。
 
福澤諭吉ははじめて横浜を訪れた際、外国人の話す言葉が分らず、看板や張り紙の文字も読めないことに衝撃を受け落胆したといわれ、この出来事によってこれからは英語の時代と悟り勉学に取り組みはじめます。
 
この横浜での出来事がきっかけとなり、やがては咸臨丸でのアメリカへの航海という諭吉にとってのチャンスとなって広がって行くのでした。
 
築地鉄砲洲つきじてっぽうしゅう 【東京都】
 
華やかな銀座4丁目交差点から晴海方面へ、歌舞伎座を横目に進んで行くと築地地域が広がります。日本政府は明治時代、この築地に外国人居留地を設けたことから築地は西洋文化の窓口となり、銀座の華やぎも相まって日本は文明開化の歴史を刻み始めます。
 
福澤諭吉は1858(安政5)年、築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内(現在の聖路加国際病院あたり)に現在の慶応義塾の起源となる蘭学塾を創始しました。また、この鉄砲洲は中津藩医であった前野良沢が「解体新書」の翻訳を行った地でもありました。鉄砲洲はまさに、西洋文化の最先端が日本へ広まる起点の地だったといえるでしょう。
 
現在この一帯はウォーターフロントエリアとして、緑あふれる遊歩道が整備され、隅田川のさわやかな風を受けながら散策が楽しめるようになっています。慶応義塾大学では、創立100周年を記念してこの鉄砲洲に「慶応義塾発祥の地」の記念碑を建立しました。
 


 
案内・解説:田所勝彦(H7)   イラスト:石田成子(S53石田氏夫人)