総合リ−ダ−  菅谷国雄(37)             イベント: 出発前夜祭(5/31)
実行隊長     寺田捨巳(37) 出発式(6/1)
事務局長     加藤清治(37)
                   行 事
1班  中津市〜北九州市小倉 6月1日〜6月3日 中津三田会(5/31.6/1)
L:寺田(37) SL:石渡(46)
 
北九州三田会(6/3)
2班  小倉〜宇部市    6月4日〜6月6日 下関三田会(6/4)
L:初田(37) SL:猪股(37)
 
3班  宇部市〜湯田温泉   6月7日〜6月8日 宇部三田会(6/6)
L:加藤(37) SL:後藤(37)
 
  
 
 
第1ブロック行程案内
(▼は、watching spot)

■6月1日 中津〜福岡県築上町椎田 出発は中津城趾に近い福澤旧居前。国道10号線から豊前街道を歩く。
▼福澤旧居 ▼中津城 ▼豊前街道(中津街道) ▼金富八幡宮
 
■6月2日 椎田〜福岡県苅田町 行橋市を経て国道10号線を苅田町まで歩く。
▼築城基地 ▼行橋市 ▼御所山古墳 ▼苅田町(かんだまち)
 
■6月3日 苅田町〜北九州市小倉 JR日豊本線に沿って北上する国道10号線を歩き小倉駅前に至る。
 
■6月4日 小倉〜下関市 小倉駅北口から海岸沿いに東に辿り、門司から関門海峡を通って下関市に至る。夜は下関三田会と交歓会の予定。
▼門司港レトロ ▼関門海峡 ▼唐戸市場
 
■6月5日 下関〜山陽小野田市郡 行程は宿舎の関係で30kmと長い。下関市を出ると山陽小野田市域に入り古代山陽道の宿場埴生(はぶ)から南に海岸に沿って南下する。
▼赤間神宮 ▼春帆楼 ▼旧城下町長府
 
■6月6日 山陽小野田市〜宇部市 前半は泊松から昭和まで行われた干拓地を行く。後半は大型車両の行き交う国道190号線だ。夜は宇部三田会との交歓会が予定されている。
 
■6月7日 宇部市〜新山口駅前 宇部中心街を東に抜ける。大体JR宇部線に沿って行く。田園風景のなかを淡々と辿ると新山口も近い。
 
■6月8日 新山口〜山口市湯田温泉 行程は11kmと短い。宿舎を出て北上、国道9号を歩くと本日の宿泊地湯田温泉だ。ここで第2ブロックに引き継ぎ、合同で山口三田会との交歓会が開かれる予定。
                                                      
 
 
 
▼福澤旧居
福澤諭吉先生が幼少時代から青年期を過ごした旧居に、福澤記念館が併設されて、中津市の観光地のひとつになっており、観光バスの出入りも多い。義塾普通部も修学旅行に訪れている。
▼中津城
 戦国時代末期、豊臣秀吉による九州仕置きによって黒田孝高が豊前国の領主に任ぜられ、赴任したのが中津であった。黒田氏は山国川河口に海城を築き豊前を統治したが、関ヶ原の戦い以後は福岡に転封し、中津城の主は、以後細川、小笠原氏が治めたあと、1717年から奥平氏が藩主となり、明治維新に到った。現在のコンクリート製の天守閣は昭和30年代に奥平氏の末裔が建築したもので、全国でも珍しい個人の所有になる城だが、維持が困難で昨年から売りに出されている。
▼豊前街道(中津街道)
 山国川を渡ると福岡県である。JR日豊本線の北側に旧街道が一部残っている。小倉から中津に向かう場合は中津街道と呼び、中津から小倉に向かう時は豊前街道と呼んだ。
 小犬丸、直江などの古い集落が旧街道に沿って延び、静かなたたずまいを見せている。
▼金富八幡宮
 椎田駅の手前1kmにある。原始八幡信仰の聖地で、全国八幡宮の総社である宇佐神宮より古いと言う学説もある。境内は広くはないが静かな雰囲気がある。
▼築城基地
 行橋市と築上町にまたがって航空自衛隊築城基地がある。戦前日本軍によって建設され、戦後朝鮮戦争の時米軍が使用し、昭和30年代に自衛隊に返還された。北西側の公園から全景を見ることが出来る。
▼行橋市
 地方都市が不景気のなか、行橋市は元気が良い。近年日産自動車の大工場が建設されて以来活況を呈している。
▼御所山古墳
 苅田町に入ると国道10号線の東にこんもりとした森が見える。5世紀に建造されたと言う、豊前では最大の前方後円墳で頂上に白山神社が祀られている。

▼苅田町(かんだまち)
 北九州空港が建設されて町を通る人も多くなり、活況を呈するようになった。平成の大合併でもどこにも合併しなかったのは財政状況が良いからである。
▼門司港レトロ
 関門海峡が完成して、山陽本線は門司港を通らなくなり、一時は全く寂れてしまったが、明治から戦前にかけては大陸への渡航口として大いに栄えた。駅舎を初め大阪商船ビルや三井倶楽部など往時を偲ばせる建造物が残り、門司港レトロと呼ばれて近年独特の観光名所になっている。
▼関門海峡
 源平合戦で平家が滅んだ海峡として名高い。また宮本武蔵が佐々木小次郎を破った巌流島もある。天気が良ければ我々は渡船で渡る予定だ。
 雨天や波の高い場合は関門人道トンネルを歩く。関門人道トンネルは開通以来50周年を迎えて最近観光客の注目を浴びている。門司側は和布刈神社(めかり)前に人道用の入口があり、エレベーターで下りる。車道の階下を歩くもので下関側まで700m、10分余りの散歩である。 
下関側もエレベーターで地上に出るが、そこは平家が滅んだ壇ノ浦である。
▼唐戸市場
 南風泊市場(はえどまり)が出来るまで下関市の台所を支えた市場だった。黒い布袋の中で指をつかんで値を付けるフグのセリ市は現在は南風泊に移転してしまった。
 現在の唐戸市場は幾分規模が小さくなり、観光客向けの市場となっている。
▼赤間神宮
 関門海峡大橋の近くにある。壇之浦の戦いで平家か滅亡した時に女官に抱かれて入水した安徳天皇を祀る。江戸時代は阿弥陀寺という寺院だったが、明治維新によって神宮になった。毎年5月の先帝祭は下関の代表的に祭りの一つ。
▼春帆楼
 明治以来フグ料理の名店として知られる。フグは毒があるため、食するのを豊臣秀吉が禁じたといわれるが、明治の日清戦争の講和調印が行われた舞台で、この時フグを食した伊藤博文がその美味にしびれて禁令を解いたとされる。
▼旧城下町長府
 下関から国道9号(山陽道)を2時間も歩くと城下町の長府である。古くは長門国の国府で、西国防衛の要地だった。江戸期は萩を本拠とする毛利藩の支藩が置かれた所で小さいがしっとりと古い雰囲気を残す良い町だ。
 
案内・解説 : 寺田捨巳(S37)