総合リ−ダ−  森田半兵衛(35)    
実行隊長    松本好弘(42)      
事務局長    水村哲也(51) 安部貴之(44)
行 事
1班  大阪(適塾)〜大津 7月26日〜7月29日 京都慶應倶楽部(7/28)
L:松本(42) SL:奥本(47)
 
2班  大津〜土山 7月30日〜8月1日 近江慶應倶楽部(7/30)
L::保屋野(42) SL:竹村(48)
 
3班  土山〜四日市   8月2日〜8月4日 四日市三田会(8/4)
L:丸山(42) SL:水村(51)
 
4班  四日市〜名古屋 8月5日〜8月7日 桑名三田会(8/5)
L:徳生(35) SL:田前(35)
 
ブログ(日誌)へ  戻る
 
 
第5ブロック(大阪〜名古屋)行程案内
当ブロックは大阪―名古屋215kmを13日間で踏破します。
適塾からスタートし東海道五十七次の守口、枚方、淀、伏見の各宿を歩き、別名「京街道」を辿って伏見で一旦東海道を離れ、「師団街道」を歩いて京都三条大橋を目指します。
その後は東海道を進んで鈴鹿越え、桑名宿に至ります。江戸時代の東海道の旅は桑名宿から船に乗り、名古屋の熱田神宮のある宮宿に渡りますが我々は木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の堤防を経由して津島市に至り、一部「佐屋街道」を歩いて名古屋に至ります。このコースは有名な史跡、旧跡が多く変化に富んだ魅力あるコースです。


第1班 7月25日(金) スタート前日  大阪に集結。早く来阪する参加者は適塾、福沢先生生誕地を訪れた後に日本三大祭に数えられる天神祭と花火大会を楽しむ。
7月26日(土) 大阪「適塾」〜枚方「光善寺」 19km
適塾を早朝スタート。江戸時代、大阪に通じる諸街道の基点となる里程標があった高麗橋から京街道を進む。大阪城を横に見ながら京橋に至り、やがて秀吉が築いた文禄堤が残る守口宿に着く。虫籠(むしご)窓や?(うだつ)が残る古い家並みがのこっている。難宗寺(蓮如の創建した古寺)を越えて暫く街中を歩くと淀川堤防にある庭窪レストセンターに着き小休止。此処から堤防を歩く。途中、日本書紀にも登場する日本で最初の堤である茨田(まんだ)堤の碑を越え、古い家並みの中を進むと蓮如の腰掛石となり、間もなく今日の終点、光善寺(蓮如が開基)に到着。この後はサポート車で移動し、枚方宿名物の「くらわんか寿司とごんぼ汁」を食す予定。枚方市立鍵屋資料館を見学してホテルへ移動する。
7月27日(日) 枚方「光善寺」〜八幡「石清水八幡宮」 16km
ホテルから光善寺に移動し出発。東海道の中でも賑やかさと「くらわんか船」で有名な枚方宿の東見附から本陣跡や古い寺を見ながら西見付を通過、枚方駅前の宗作の辻となる。
街道を暫く歩いて交通量の多い13号の道路を進み京阪本線を渡り、坂今池公園で小休止。此処から京阪本線を渡り家並の中を歩いて再び13号の歩道を河川敷の樟葉ゴルフ場を左手に見ながら進むと近代的な商業施設が立ち並ぶ樟葉駅前に出る。昼食の後、建長寺、久親恩寺の前を通り畑に面した樟葉砲台場跡を越えると間もなく京都府となる。江戸時代より廓で栄えた面影を残す橋本の古い家並を見ながら進むと八幡駅に着く。ケーブルに乗って石清水八幡宮のある男山に昇り研修センター着。今晩から3回寺社宿泊シリーズが始まる。
7月28日(月) 八幡「石清水八幡宮」〜京都「三条大橋」 20km
早朝、徒歩で男山から天王山と三川合流(木津川、宇治川、桂川が合流し淀川となる)地点を見ながら降る。八幡駅を越え左手に背割り堤の桜並木を見ながら木津川、宇治川に架かる御幸橋を渡る。13号線を離れて暫く進むと淀城跡と京都競馬場のある淀宿となる。此処から戊辰戦争戦没者の碑の前を通り、横大路運動公園を過ぎると宇治川の堤防をひたすら歩くと昔京都と大阪を結ぶ船運で栄えた伏見港跡地の公園に着く。いよいよ伏見宿となり、酒蔵や古い家並を進む。阪本竜馬襲撃事件で有名な寺田屋に寄り、小休止。更に進み東海道が山科へと向かう分岐点から藤森駅を越えて師団街道を進む。街道から少し離れるが京都師団本部の建物が残る聖母女学院や伏見稲荷大社、東福寺を右手に進むとやがて七条大橋より鴨川沿いの遊歩道を歩く。川床や顔見世で名高い歌舞伎座見ながら四条大橋を越えて三条大橋に到着。今晩は京都慶應倶楽部との交歓会。宿は世界遺産仁和寺の宿坊である。
7月29日(火) 京都「三条大橋」〜大津「圓満院」 11km
仁和寺では早朝6時より国宝の金堂で行われる勤行に参加。めったに体験できない厳粛な雰囲気を味わいたい。仁和寺から移動。皇居に向かってひざまずく高山彦九郎の像のある三条大橋を出発。143号線の歩道を山科に向かって歩く。途中、道から離れている南禅寺、天智天皇陵を越してやがて東海道線の下を越えると山科となる。街中を旧東海道の案内を見ながら追分へ。名神高速道路の下をくぐり、月心寺を越えると百人一首にある蝉丸が詠んだ有名な「逢坂の関」となる。蝉丸を祀った蝉丸神社がある。此処から大津の街に進むと東海道と北国街道の分岐点となる札の辻に出る。左折して北国街道を歩くと間もなく三井寺、そして門跡寺院の圓満院に到着。大津絵美術館や圓満院の説明を受けた後、2班に引き継ぐ。
第1班 案内・解説 松本好弘(昭和42年卒)

   
第2班   
7月30日(水) 大津 〜 草津  19km
前泊する大津、円満院(三井寺の隣)をスタート、草津へ向う。大津市街から琵琶湖の湖岸を通り南下して近江八景、瀬田の唐橋が中間点。そこから近江慶應倶楽部の皆さんに石山寺を案内してもらい、名物、しじみ飯の昼食をとった後、唐橋を渡り、旧東海道を東に進む。途中、歌枕で有名な「野路の玉川」を過ぎれば草津はもう間近である。草津宿のシンボルとなっている、国指定史跡「草津宿本陣(田中七左衛門家)」を見学後ボストンプラザホテル草津にチェックイン。今夜はこのホテルで近江慶應倶楽部との交流会が予定されていて楽しみである。
円満院
第2班の前泊する寺で、有名な園城寺(三井寺)の隣にある。村上天皇の第三皇子悟円親王の開基にはじまり、歴代門主は皇族出身が多かった。名勝指定の庭園と円山応挙ゆかりの地として著名である。また、境内には付属大津絵美術館があり、古大津絵、応挙作品などを常時展示している。
石山寺
奈良時代後期に良弁が開き、紫式部がここで源氏物語の構想を練ったと伝えられている。花の名所としても知られ、また近江八景「石山の秋月」として名月の名所でもある。また今年は源氏物語千年紀にあたり、紫式部ゆかりの品々の特別展示や講演会が行われる。
7月31日(木) 草津 〜 石部 〜 三雲  19km
今日は石部宿を通って三雲に向う。石部への途中、県の名勝指定「旧和仲散本舗庭園」や国の重要文化財「大角家住宅隠居所」があり時間があれば見学したい所だ。
石部は今日のコースの中間点で旧東海道「石部宿」の街並みが再現されている必見の場所だ。
三雲駅の近くの高さ10m「天保義民の碑」が今日の終着点。ここから今日の宿泊地、水口近郊の宮乃温泉まではサポートカーや温泉の送迎車を利用する。今回唯一の温泉で2日間の疲れを癒そう。
8月1日(金) 三雲 〜 水口 〜 土山  19km
いよいよ最終日、再び三雲まで車で戻り、水口を通って土山に向う。野洲川の横田橋を渡ると巨大な常夜灯がある。昔、渡し舟で川を渡った所だ。水口まではもう近い。水口宿は江戸側の出入り口から三筋に分かれるという珍しい構造を持つ宿場町で、一部当時の古い街並みを見ることができる。ここは歴史的な名所旧跡も多く、水口城跡(水口城資料館)はぜひ寄りたい所だ。土山までは野洲川に沿って旧東海道を進む。2班の終着地土山は、現存する「土山宿本陣」はじめ当時の宿場の街並みが色濃く残る所で、旅館大安で3班に引き継ぐ。
横田渡常夜灯
県史跡指定で「東海道十三渡し」の一つ。野洲川の水口側に対岸の目印として1822年に建設されたもので東海道隋一の規模を誇っている。
第2班 案内・解説 保屋野伸(昭和42年卒)
第3班
8月2日(土)  土山 〜 関  14km
旧東海道土山宿をスタート、土山宿の旧土山本陣、白川神社、田村神社を散策した後一路鈴鹿峠に向かう。鈴鹿峠までの道はだらだらと国道1号線沿いを歩く。鈴鹿峠の麓から国道を離れ旧東海道の山道に入る。江戸時代の旅人の思いを抱き峠に立つ「万人講常夜灯」「鏡岩」を見る。峠を下ると坂下宿に入る。梅屋本陣跡、大竹屋本陣跡を見ながら東海道を進む。市ノ瀬集落を経て関市に向かう。関はかつての「鈴鹿の関」が置かれた場所。
土山宿、坂下宿、関宿と江戸時代の宿場町の面影を残した町並みを存分に満喫したい。

安藤広重作「東海道五十三次 土山・春の雨」「東海道五十三次 坂下」「東海道五十三次 関・鈴鹿の関所」
8月3日(日)  関 〜 亀山 〜 庄野  17km
関市の国民宿舎関ロッジを出発、関の宿場町を抜け旧東海道に沿い亀山市に向かう。途中、野村一里塚、京口門跡等の史跡を経て亀山市に入る。この亀山も大きな宿場町で今でも古い面影を多く残している。亀山城址付近の散策。一方、亀山と言えば液晶テレビで有名な亀山モデルの発祥の地。亀山を後に庄野に向かう。庄野も宿場町の一つで庄野宿が残っている。庄野宿資料館で歴史を紐解く。今では庄野と言うより鈴鹿市が有名で鈴鹿サーキットはここにある。時間が許せばサーキットの見学も。

安藤広重作「東海道五十三次 亀山」「東海道五十三次 庄野・白雨」
8月4日(月) 庄野 〜 四日市  16km
庄野から国道1号線、鈴鹿川沿いを歩き、石薬師宿に入る。亀山と四日市の間にある宿場町で、石薬師寺がある。さらに明治時代の歌人で有名な佐々木信綱の記念館、生家を見学した後、四日市市に入る。四日市市内も旧東海道の町並みの残る旧道を進む。日永の追分(伊勢道と東海道の分岐)を更に北進。四日市市の中心街にある有名な諏訪神社をめざす。本日の宿の大正館は諏訪神社の直ぐ裏手にあり、慶応の大先輩が経営される歴史のある老舗旅館である。四日市三田会との交流会は当大正館で行う予定。

安藤広重作「東海道五十三次 石薬師」「東海道五十三次 四日市」
第3班 案内・解説 丸山 忠(昭和42年卒)
 
第4班
8月5日(火) 四日市〜桑名 13km
大正館から国道1号線に戻り桑名を目指す。四日市はかって浜辺の美しい所で諸国の物産が集散する港町として栄えた宿場町である。今では工業都市として有名になり、四日市喘息の公害の町であったが明るいイメージの近代都市に生まれ変わっている。いくつかの工場を見遣りながら朝明(あさけ)川にかかる朝明橋を渡ると間もなく桑名市となる。更に員部(いなべ)川を越えると桑名の中心部となる。桑名はお伊勢参りの出発点であり、伊勢の国の一の鳥居が七里の渡し跡にある。この付近は見所が多く、桑名城址のある九華公園、桑名鎮守社としての春日神社、大塚本陣跡地には泉鏡花の歌行灯に湊屋という名で出てくる蛤懐石料理の船津屋もある。
桑名三田会との交歓会が行われる。
七里の渡し
徳川家康による東海道五十三次の宿駅制度が作られ、熱田の宮宿から海路七里を船で渡った。それで俗に「七里の渡し」と呼ばれるようになった。
六華苑
ジョサイア・コンドルは、慶應義塾三田図書館を設計した曽根達蔵の恩師です。

8月6日(水) 桑名〜津島 23km
1号線を歩いて間もなく揖斐川と長柄川に架かる伊勢大橋の中央部を左折し、両川の背割り堤を行く。自動車の往来が意外と多く歩道もないので車に注意しながら歩く。この堤は「宝暦の治水」として有名で、江戸時代に薩摩義士達によって造られた。暫く歩くと「千本松原」となる。当時堤を強化する為に植えられた松が見事な並木となっている。「治水神社」を左に見ると木曽三川公園となり、長良川大橋と立田大橋(木曽川)を渡り名鉄尾西線の佐屋駅を越える。名古屋の熱田からこの佐屋まで続いていたのが東海道の脇往還として賑わった佐屋街道である。間もなく今日の宿泊地の津島市となりアイプラザ津島に着く。見所として津島神社、天王川公園がある。
宝暦の治水と治水神社、千本松原
宝暦3年(1753年)9代将軍家重は薩摩藩主島津重年に木曽三川の治水工事を命じた。
工事は薩摩藩家老平田靱負が総奉行となり947名の薩摩義士が工事に当たり多大な犠牲と藩の財政を圧迫するなどして宝暦5年に成し遂げられた。
家老平田靱負は完成後、多大な犠牲を出した責任を負い命を絶ちましたが治水神社は平田靱負を祭神に昭和13年に建てられた。
千本松原は治水工事の完成を記念して幕府の命により薩摩から取り寄せた日向松が千本植えられ250年を超える現在、美しい松林となった。
8月7日(木) 津島〜名古屋 12km
津島より暫く佐屋街道に沿って名古屋に向けて歩く。家並みも途切れることも無くなり車の往来も次第に多くなる。神守宿や七宝焼発生の地の七宝町そして大治町を越え新大正橋を渡ると名古屋市中村区に入る。名古屋駅の近くになり、新幹線の下を通ってビルの立ち並ぶ中心街となる。間もなく本日の名古屋三田会との交歓会場であり、第6ブロックへの引継場所である名古屋観光ホテルに着く。
第4班 案内・解説 松本好弘(昭和42年卒)