総合リ−ダ−  妹尾清次(34)                 イベント : 現役壮行会(8/19)
実行隊長    船曳孝彦(34)      
事務局長    穂積雅彦(50) 桑原克己(52)
行 事
1班  名古屋〜明世温泉 8月7日〜8月10日 名古屋三田会(8/7)
L:船曳(34) SL:桑原(52)
 
多治見三田会(8/10)
2班  明世温泉〜中津川宿 8月11日〜8月13日
L::椎名(34) SL:水野(52)
 
3班  中津川宿〜野尻宿   8月14日〜8月16日
L:平松(34) SL:穂積(50)
 
4班  野尻宿〜木曽駒高原 8月17日〜8月19日 現役壮行会(8/19)
L:妹尾(34) SL:島田(41)
 
 
 
第6ブロック行程案内
第1班  
第1日 8月8日(金) 名古屋観光H〜春日井中央H 14km
第5ブロックとの中継地名古屋観光ホテルより春日井市内の中央ホテルまでの行程。ホテルを出 発して程なくして名古屋城正門前を通りそのシンボルである金鯱を眺めながらお堀沿いを行く。 その後市内を流れる運河堀川沿い遊歩道を湧水・生物・自然を楽しみながら進む(約40分)。
庄内川に突き当たり橋を越え暫く河川公園沿いに歩き春日井市に入る。その後は国道旧19号をた だひたすら北上する。春日井市は名古屋の衛星都市であり市のほぼ中央にある春日井駅前の春日 井中央Hが本日の泊地である。
【名古屋】
昨今「ものづくり王国最強の名古屋」と言われているが、その原点と福澤家とはやはり深い因縁 があったようだ。福澤諭吉自身は名古屋には7回程立ち寄ったとのことですが、諭吉の次女ふさの 婿養子である福沢桃介は当地の産業基盤を築いた実業家で非常に当地との縁が深いと言われている。岐阜県「八百津発電所」をはじめ木曽川の水力発電施設の建設や現中部電力をはじめ中部地区を代表とす る企業を数多く設立した。
【名古屋城】
名古屋城は慶長14年(1609年)徳川家康の命により築城され、慶長17年(1612年)に尾張藩主の徳川義直が居城したのが始まりである。「尾張名古屋は城で持つ」と謡われたが、そのシンボルが金鯱である。天守閣は昭和20年に戦災 で焼失したが昭和34年に再建され、同時に焼失した本丸御殿の再建も今年から着工され平成30年 の完成をめざす。
【名古屋名物】
きしめん、味噌煮込みうどん、ひつまぶし(うなぎ)、手羽先、みそかつ、えびフライ、あんか けスパ等
第2日 8月9日(土) 春日井中央H〜オースタット国際H多治見 20km
春日井中央Hより国道旧19号に戻り多治見方面に向かう。2日目は、ただひたすら旧道を歩く行程 。高蔵寺ニュータウンへの分岐を過ぎた辺りから次第に市街地から離れていく。この日最大の難 所である県境内津峠を超えると多治見市内に入る。内津峠手前に内内神社が有り、森深く夏でも 涼しそう、峠越えに向け、最後の絶好の休憩場所。
【多治見】
昨年8月最高気温40.9度を記録し日本で最も暑い街として一躍有名になったが、もともとは美濃焼 で有名である。市内には窯元が至るところにあり作陶体験も楽しめる。時間があれば鎌倉時代末 期創建の虎渓山永保寺をたずねるのもいい。
第3日 8月10日(日) オースタット国際H多治見〜明世温泉観月荘 12Km
多治見市内の旧家の建ち並ぶ旧市街地を、歴史を感じつつ通過。途中旧道を離れ峠を登る、そのピークに陶磁里公園が有り、一本に最適。その後、一旦、国道19号に入るが、すぐ旧19号に戻り土岐市内の市街地を行く。交通量も少なく歩道も確保されているので通行には問題はないが、並行して流れている土岐川の遊歩道を歩いても涼が取れる。交通量と安全そして景観から当日判断したい。最後は、国道19号を横断歩道で横切り山に入る。中央高速道をくぐり本日の宿泊場所「明世温泉 観月荘」に到着。この日は、多治見三田会と交流会が予定されている。
【土岐市】
土岐市も多治見と同様美濃焼のメッカである。美濃焼の歴史は古く平安時代に始まり、安土桃山から江戸時代にかけて開花したと言われている。美濃焼きについては瑞浪陶磁資料館等に詳しく紹介されている。
又、土岐プレミアムアウトレットモールでショッピングを楽しむこともいかがでしょうか。
第1班 案内・解説 SL.桑原克己(S52年)
   
第2班   
第4日 8月11日(月) 明世温泉〜大湫宿
観月荘を発って一路北へ。細久手にて旧中山道との合流を目指し、瑞浪市日吉町の長閑な田舎道を行く。
道は一部、旧市街地を通るが典型的な田舎の一本道で淡々と平岩の峠に続く。細久手宿の「大黒屋」は旅籠の面影を残す。細久手宿〜大湫宿までは尾根上のやや平坦な木立の中、人家はほとんどない。途中、弁財天池や琵琶峠の石畳の道は往時が偲ばれる。
【瑞浪市】
中山道を北側に望み、化石博物館、陶磁資料館、サイエンスパークを有する。土岐市同様に陶磁器メーカーも多く、「みずなみ焼」の産地ブランドを立上げ海外展示会にも売り込みをかける。
第5日 8月12日(火) 大湫宿〜大井宿 17Km
ここからは車は入れず里山の中、中山道を行く。十三の峠を上り下りする起伏の多い山道。途中、中仙道カントリーの中を横切って道は進む。乱れ坂、高札場跡、観音堂等歴史を物語る道標が次々に現れ、木立の切れ間からは地元の名峰、恵那山が望まれ、里山のワンデリングが満喫できる。西行塚には広々とした公園が広がり、ゆっくり休憩をとりたいところ。ここから始まる大井の宿場町の風情もなかなかのもの。
【恵那峡】
「恵那峡」は古くから中部の観光名所として知られ、花崗岩を覗かせる山肌と、たおやかに流れる水辺は夕涼みを楽しみたい。宿泊する「紅岩山荘」からは眼下に恵那峡の水面と旅館群が広がる。時間が許せば駅前の中山道広重美術館、蛭川の「石の博物館」へも立ち寄ろう。又、恵那峡木曽川にある「大井ダム」は福沢桃介により大正時代に建設され、ダム湖周辺散策路には桃介の偉業を讃える記念碑や福澤諭吉自筆によるレリーフなどダム建設に縁の史跡に触れることができる。
第6日 8月13日(水) 大井宿〜中津川宿 13Km
恵那駅周辺の大井宿には陣屋等の旧宿場建築が多く残る。石仏群を見ながら坂を登ると、後は比較的平坦な市街地の中を行く。車一台が通れる程度の道幅が続き、やがて千旦林あたりで中央線と平行して進む。点在する馬頭観音や坂本神社境内の樹木は歴史的街道の面影を残す。19号バイパスを横切り中津川の市街地へと向うと整備された休憩所があり、真夏の直射を避けるのにありがたい。旧19号にもう一度合流するあたりから中津川の宿場町が現れる。旧街並みを残した商店街を抜けるとまもなく中津川駅。
【中津川市】
恵那山の麓に広がる木曽路の玄関口。現在は工業団地も整備され東濃地域でも一番の元気印。団塊世代の先輩方には「中津川フォークジャンボリー」の名前はご記憶があろう。お盆の帰省ラッシュに会わなければ恵那山直下の「富士見台高原」で涼み、「クアリゾート湯船沢」では疲れを癒したい。
第2班 案内・解説 SL.水野雅樹(S52年)
 
第3班
第7日 8月14日(木) 中津川宿〜馬籠宿 10Km
JR中津川駅前のビジネスホテルを出発し中津川市内から落合宿に向けて自然歩道(車通行可)を行く。落合宿〜木曽路口〜「是より木曽路」石碑を経て馬籠宿へと入る。途中延長800m程の「落合の石畳」は車は通行不可。途中休憩所は要所にあり。本日は「馬籠宿 白木屋」に泊。
【馬籠宿】
坂道の両側には復元された家並が立ち並び昔の宿場町が偲ばれる。島崎藤村の生地として有名で藤村の菩提寺「永昌寺」、原稿・愛用品を収蔵展示する「藤村記念館」等がある。
第8日 8月15日(金) 馬籠宿〜妻籠宿 9Km
「馬籠宿 白木屋」から中山道自然歩道を馬籠峠を経て「妻籠宿」まで行く。馬籠峠を境に周辺の様相は一変する。暖かな日差しを浴びる美濃から樹林に囲まれ冬の厳しさを感じさせる木曽へと入るのである。途中吉川英治の「宮本武蔵」のなかに武蔵とお通のロマンスの舞台として登場する「男滝・女滝」があり、涼むにはもってこいのポイントだ。この日は、「妻籠宿 大吉」に泊。
【妻籠宿】
馬籠宿とは違って古さをそのまま残した玄人好みする宿場町。国の重要文化財「脇本陣奥谷」等がある。
第9日 8月16日(土) 妻籠宿〜野尻宿 16km
妻籠宿からJR南木曽駅までは中山道を行く。南木曽駅から国道19号を横断し木曽川に架かる「桃介橋」
を渡り右岸に移る。右岸には「福沢桃介記念館」あり見学したい。その後自然歩道「川西古道」を歩く。
柿其渓谷から恋路峠を経て野尻宿手前の木曽ふれあいの郷にある「阿寺荘」に着く。この日の泊地である。
【福沢桃介記念館】
木曽川電源開発の基地として大正8年に建てた別荘で、昭和60年から一般公開されている。「桃介橋」は大正11年に発電所建設の資材運搬路として福沢桃介によって架設された。
第3班 案内・解説 SL.穂積雅彦(S50年)
 
第4班
第10日 8月17日(土) 野尻宿〜上松宿(ホテルねざめ) 21Km
野尻宿の外れ「阿寺荘」から須原宿を経て上松宿までの長丁場を歩きます。国道19号線と木曾川を眺めながら、「木曽路はすべて山の中〜」を実感させる木曾川右岸の野辺の道と川を高まきする峠越えの静かな里歩き。奈良時代にあったと言う幻の木曽古道「吉蘇路」の雰囲気です。桃介が作った発電所が4ヶ所もありますが、今風のコンビニなど何もありません。須原宿の水舟でノドを潤し、臨済禅寺「定勝寺」にお参りして、天下の名勝「寝覚ノ床」で宿泊です。
第11日 8月18日(日) 上松宿〜木曾福島宿(駒の湯) 16Km
ここから国道19号線を離れ、木曽駒の前衛峰「麦草岳」「木曽前岳」の山麓をトラバースする林道で、山歩きの雰囲気となりますが、道は完全舗装されています。ここも木曽古道の一部で、その昔ウエストン夫妻の木曽駒登山もこの道を通ったとか。登山口の芦島キャンプ場には御嶽教の卒塔婆が多数見られます。猿や熊には出会っても、人や車にも出会うことは少ないでしょう。樹木の間から霊峰御嶽山が望めます。木曾福島の奥座敷・山の宿「駒の湯」が今宵の宿です。
第12日 8月19日(月) 木曾福島〜木曽駒高原(ロッジ・ヒルトップ) 7Km
いよいよ第6ブロックの最終日。「麦草岳」山麓の木曽駒高原の樹林帯に点在する別荘地帯を抜けて、今日の目的地・木曽駒登山口「木曽駒スキー場」へ向います。途中の「キビオ峠」は絶景ポイントなのでノンビリしましょう。眼前に御嶽山・乗鞍岳・奥穂から前穂の峰々が、木曾の山波の上に顔を出します。
ロッジ「ヒルトップ」で、中央アルプスから南アルプスを山越えして静岡に向う第7ブロックの現役諸君にバトンタッチします。
【木曽路】 第10〜12日 8月17日(土)〜19日(月)
現在の木曽路は、両サイド山の間を縫う様に流れる木曾川沿いに走る国道19号線を称していますが、この国道は道幅も狭く、歩道も取れない箇所が多く、しかも車の交通量が多く、歩行するには大変危険です。今回の歩行ルートは極力この国道を避けるコースを選定し、横切るか、2km程度の歩道歩きを2ヶ所に絞っています。全行程とも暑さを避ける緑陰は多いのですが、人も車も通行は非常に少ないので、コンビニなど道中での売店は皆無とお考え下さい。道はハッキリしており、車の伴走も問題ありません。木曾の山中を自然に親しみながら、ひたすらお歩き下さい。木曽路はすべて森林浴です。
奈良時代の初めに官道として「吉蘇路」が開通し、万葉集にも詠まれているそうですが、木曾川の氾濫により、その道筋は幾度も場所を変えているので、「木曽古道」は各所に見られ特定は出来ません。現在の国道19号線はJR中央西線が開通した明治以降のものだと思われます。
また木曽路11宿の宿場も馬籠・妻籠・奈良井の3宿に面影を残すのみで、すべて近代の火災で焼失、名残りだけです。
「幻の木曽古道」を偲んで木曽路を歩くのも、歴史ロマンを感じるひとときでしょう。
第4班 案内・解説 SL.島田利英(S41年)