「サンパウロ三田会報告」
関谷誠(昭和47年卒)
日本で最初にブラジルを紹介したのは1869年に出版された福澤諭吉先生の「世界国尽」とされており、日本とブラジルとの国際交流の歴史は、そのまま塾とブラジルの歴史とも言われております。
私が現在勤務している会社の創業者の兄弟で、社史にも紹介される慶應義塾で学んだ山縣勇三郎翁が、明治41年(1908年)、48歳で日本からの移民の先駆者としてブラジルに渡り、農園の経営、漁業、塩田等の事業を手広く展開し、日本人のブラジル移民を奨励したと云うことでブラジル移民100周年に当たり塾とも浅からぬ縁のある遥かブラジルより報告させていただきます。

慶應大学は医学部が戦前からブラジルと深い関わりを持ち、その後、1981年にサンパウロ大学の間で学術交流協定が結ばれ、医学部、法学部を中心に活発な交流が行われるようになりました。

今年、慶應義塾創立150周年・ブラジル移民100周年を記念して、8月16日から、サンパウロ大学にて「法学、医学を通じた日伯交流 日本ブラジル交流年 慶應義塾創立150周年・ブラジル移民100周年記念国際シンポジウム」が開催され、日本から法学部教授・森征一塾常任理事を団長に、法学部関係者7名と医学部関係者19名、又、約30年前から毎年夏休みを利用して南米を巡回している医学部の学生サークル「国際医学研究会-IMA」の4名、それに、8月6日から早稲田大学野球部と共にブラジル遠征中の前島工学部教授・野球部長を団長とする体育会野球部の一行31名の総勢約60名の塾関係者が、今般、サンパウロに大集結しました。この前代未聞の大デレゲーションを迎え、8月15日(金)、サンパウロ三田会主催の歓迎会が開催され、私も出席してまいりました。サンパウロ三田会関係者約50名の中には、ブラジル在住のKWV32年卒伊豆山先輩も出席されておりました。

この歓迎会の席上、私は、KWV公式ユニフォーム・シャツを着用し、「歩いて識る150年−中津から三田へ 1,500km」ワンデルングを紹介させてもらいました。森常任理事は7月17日に大阪で開催された大阪慶應倶楽部との交流会にも出席されたそうですが、まさかブラジルでこの話を聞くとは思ってなかったのではないかと思います。ともかく地球の裏側でKWVの記念イベントを宣伝しておきました。



森常任理事とKWV伊豆山先輩


相場野球部監督とエール交換

慶早戦‐にわか応援団
又、8月17日(日)には、サンパウロ市営野球場にて、慶早戦が開催され、約5,000人収容の球場は日系ブラジル人で満員となりましたが、三塁側スタンドの一角を塾関係者で占め(なんと、その中には7月13日の「六甲山ワンデルング」に参加された大阪慶應倶楽部の岡田茂男氏も偶々出張中との事で観戦〜「六甲の暑さには参った」と感慨深げな感想を述べておりました)、プレーボールと共に商社駐在員のにわか応援団も飛び出し、得点する度に肩を組みながら「若い血」を合唱、気勢を上げ、久々に「華の慶早戦」の雰囲気を味わうことが出来ました。ただ、接戦なるも、最後は3x7で早稲田に軍配が上がり、「都の西北」を声高だかに歌われてしまったのは誤算でしたが!
慶應義塾創立150周年を迎え、ブラジルの大地でも、塾員一同熱く燃えていることを報告しま
す。

(2008.8.19 ブラジル・ベロオリゾンテ市にて)