第6ブロック1班に参加して

S52年卒  田中康之

S52卒の仲間と久し振りに歩くことを楽しみに8月8日(金)夕刻、春日井で名古屋からスタートした第1班と合流しました。その夜は主力のS33,34年卒の大先輩方の間で緊張しながらも、70歳台と思えぬ元気一杯の会話の中に入れていただき、あっ という間に呑みすぎ・・・。記憶に残っているのは「♪何も無いけどユートピア♪」のなぞの言葉でした。
 
二日間S30年代5+2名(サポート隊)、S50〜60年代10名強の大所帯で歩きましたが大先輩方のなんと元気なことか。「おい、若手達!」と檄を飛ばされ、卒業30余年経っても若手と言って貰い、「70歳になってもこれくらい元気で楽しまなくっちゃ」と思わず感動しておりました。歩いている間も賑やかな会話が途切れることはなく、最後まで本当に楽しく歩けました。
 
ユートピアの意味? ⇒ 多治見は日本一の気温を記録したところ。ひたすらロードだけど、記念ワンデリング中最高気温の中て歩くことを皆期待してました。案の定、多治見で41.9℃!たぶん最高でしょう。皆で大喜びしました。でも爽やかな風の中、いろんな方々に歓待していただいたり、差し入れを頂いたりしながら気持ちよく歩けました。事前の準備、下見計画立案、サポートなどご尽力いただいた多くの方々にも感謝です。ちなみにサブリーダーは多治見と同じ気温を記録した熊谷市出身でした。
 
3泊2日間、35kmほどの参加でしたがたくさんの思い出を戴きました。レポートはブログ(日誌)をご参照下さい。「ドテさん」「チンタさん」「デンチュウさん」等あだ名?だけ聞いていた大先輩方と一緒に歩き、その謂れについて色々お聞きしましたがここでの開陳は遠慮させていただきます。ただ一つだけ、行程中皆さんは「♪可愛いチンタ♪〜〜」と口ずさんでましたョ。
 
名残惜しいばかりでしたが、このプランの無事完遂を祈念しながら明世温泉で第二班を見送って皆さんと別れ、名古屋から新幹線を乗り継いで博多、そこから佐世保へ高速バスで2時間、更に高速船で1時間半、その日のうちに上五島へ帰りました…。実は昨年4月から長崎県の西方80kmに浮かぶ五島列島北部の新上五島町にある国家石油備蓄基地に単身赴任しています。地図で見るとロザリオ(中通島)に天使(若松島)が舞い降りたような形をしています。(南を上にして見てください)
 
島から3.5km沖合いの無人島に片道15分を船で通い、日本の約7日分の消費量に当たる440万klの石油を5隻の貯蔵船で保管しています。 一隻の長さ390m×幅97m(あの戦艦大和が長さ263m×38.9mです)世界最大のメガ・フロートだと思います。
 
今年の「ふみあと」の同期便りにも少し書いていますが、西海国立公園の中にあり、どこを見ても絶景、最高峰でも439mと低いけれど急峻な山々がリアス式海岸で囲まれています。
 
神代の時代にイザナギ・イザナミが国産みで大八島(日本)に続き作った島のうち、知訶島(ちかのしま)が五島列島であり、古くから知られていた島のようです。また遣唐使船が国内最後の寄港地として立ち寄り、空海や最澄も来ています。その後平家の落人が流れて来、 江戸時代に至るまでは中央と呼応して武家が争い、海賊倭寇の本拠地にもなり、禁教後は迫害から逃れた隠れキリシタンが住み、明治初期まで弾圧に耐え抜きました。江戸時代後期からは捕鯨でさかえ、巻網遠洋漁業の基地などなど日本史の舞台にたびたび登場してきます。
 
観光名所はありませんが29もの教会があり、釣り人のメッカでもあります。沖縄みたいにメジャーじゃないけど驚くほど透き通った海を見ているとまさしく「♪何も無いけどユートピア♪」です。チャンスがあったらぜひ一度お越しください。


高熨斗山から見た上五島国家石油備蓄基地

国指定重要文化財頭が島教会